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大剛日記

2012.12.14

意外な一日

久々の宿のベッドでの朝は、ゆっくりしたように思えて、それでも10時過ぎには起きていた・・・

昨夜はまともに1kgのペルミネをゆでて、食べきったけども、かなりこたえた・・・それでも、朝には、ボリューム満点のマヨネーズサラダで腹ごしらえしてから、あるかわいいエブゲニア・パブリナさん27歳という英語がしゃべれる人が、カウンターの女性の友達のようで、僕がブーツを乾かす為に、新聞紙をもらえないか?と言うと、なにやら使わないようで電話帳をくれると言うのである・・・とりあえず後ろの方を破らせてもらった・・・そして、部屋で今日も町を散策しようかな?と思っていると、ドアをノックする音がする・・・なんとエブゲニアさんとカウンターの美女2人が、いる・・・うれしいですね、こういうのは・・・

なにやら、あの昨日のバディム・フィルキンさんの仕業だと思うけども、昨日、テレビと新聞を呼びたいと言っていたのだけども、何やらほんとに呼んだようで、今日、取材に来ると言うのである・・・何やら明日会ったら、写真を撮ろう!という彼らの合言葉は、社交辞令でもなければ本気の言葉だったようである・・・そして、僕はいつでもいいので、5時と言うことになった・・・

それまで、まず雪を解かすときの不純物を取り除く為の、網と、またスントが狂うと困るので、昨日見たGショックを買おうかと思って町へ出たのであった・・・

まず、帰りの汽車代を両替しておいた・・・郵便局は電話は無く・・・その警備の人が何やら、あの昨日も行った、シビルナヤホテルには電話があると言うので、向かった・・・そして日本へ電話した・・・3分しゃべった・・・そして、この宿の新聞を靴の中を乾かす為に、こっそりと、もらっておいた・・・

そして、大型ショッピングモールで昨日のGショックを見ようとして、他の店舗もあるかと思って見るとあった・・・しかも、僕のスントではないけども、カシオの使ってみたかったプロトレックがあり、いやこれならこれを買いたい・・・値段は10300ルーブル・・・日本円にして25000円ほどで定価が分からなかったけども、こんなものかな?と思ってというよりも、スントがまた狂われると困るので、絶対に必要な物なので帰りの汽車代を削って買った・・・またユーロや日本円を両替すればなんとかなるだろう・・・

そして、ここの所、冷えから来るものなのか、頭がズキズキするのである・・・これはいいかげんウィンドストッパーではなく毛皮の帽子を買わないとまずいかもしれない・・・と思って通りを見て歩いても、イマイチいいのが無い・・・が、あるほんとに通りの一角でおばさんが並べている帽子に、先日僕に向かってきた少女のかぶっていた帽子のようなスーパーサイヤ人のようなかっこいいのがあり、かぶる・・・が、小さいのである・・・これではだめである・・・そして、おばさんは後で、大きなのを持ってくるというのである・・・そして、一時宿へ戻ってエブゲニアさんが半通訳なので取材の打ち合わせをしておいた・・・

そして、4時半ほどに、新聞記者の方と、カメラマンの方がいて、何やらまず、僕の自転車と僕を撮影したいと言うのである・・・そして外で写真を撮った・・・フォトグラフ担当のビタリー・ゴルべブさんは帰って行って・・・記者の取材が始まった・・・おもしろかったのは、旅できれいなものを見て、何かポエムや歌はありますか?というのであった・・・あいにく僕は写真を撮影するだけだとしか言えなかった・・・

そして、こんなに強靭な体で、ツールドフランスとかには出ないのですか?

2003年にロシアに来て、今回とではどう違いますか?

また、今までたくさんの山や峠を上ってきて、全部あわせると何メートルくらいですか?という質問には、おそらく月へ行くくらいだと思います・・・と答えた・・・などなど・・・この人は、記者でありながら詩人のようなアーティストのような人なのかと思わせる質問ばかりであった・・・ロシアの地方紙の記者の自由な質問の内容は、どれも素晴らしく・・・時間にばかり追われている日本の記者ではまずありえないようなものばかりであった。

そして、今回の旅で危なかった事の話で、僕がタジクやアルメニアとトルコの国境付近などの事で、銃撃戦の話で、二人の表情はギラッと変わった・・・そしてイランで僕の犬の棒を盗まれて警察が見ていて逮捕されたという話もうけた・・・そして楽しい新聞の取材は終わった・・・ボブロフ・ドミトリさん・・・42才・・・かなり歳とっているように思えた・・・何やら動物のビーバーが名前の由来だとかなんとか言っていた・・・そして、すぐローカルなテレビ局SAMPOの取材が始まった・・・

ジャーナリストで英語の喋れる・・・マックス・スミルノフさんとの対談であった・・・カメラとライトが向けられ・・・なんともどこもカメラマンと言うのは邪念があるかのような目つきであった・・・

あまりに堪能な英語で僕は分からない事ばかりであった・・・が、僕がロシアに2003年に来て、エルブルース登って、いつかロシアを旅してみたくなったと言うのと、当時と今とでは、今はアメリカみたいだと言うと、これがうけたようで、笑っていた・・・そして、ロシアの食材で僕が、豚の油身のサード・・・サーラというらしく毎日食べていると言うと・・・そのずっと何だか分かってもらえない所が、カメラマンにうけて、笑いがあがったのであった・・・まあなんとも、おもしろかった・・・新聞もテレビも日本へ送ってくれるという・・・楽しみであった・・・丁重にお礼を言って別れた・・・

すると宿のお客や親子や少年や青年達に、いっしょに写真を撮ってくれというので、撮ったりサインをしてくれと言うのでしたり、なんとも一躍有名人気分であった・・・

そして、あの毛皮の帽子を売っているおばちゃんの所へ行くも、もういなくなっていた・・・しょうがない1時間も約束時間をオーバーしたのだから・・・

そして、また宿のカフェでペルミネをゆでてもらい、山盛りを食べてから靴下その他を洗濯して、シャワーを浴びた・・・明日は気持ちよく出発したいものだ・・・

あー今日もなんだか疲れたので早く寝よう・・・スパシーバ・・・ロシア!

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