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大剛日記

2012.12.01

渋滞の果て

夜中、不思議なというか、なんでこんな素敵な夢を見たのか不思議であった・・・愛する人々・・・極限状態で、何か本当に切り詰めた状況であるがゆえの夢だったのだと思う・・・が夢の詳しい内容は思い出せない・・・テントを内側から叩くと何やら雪が凍りついているのかと思うような状態・・・

外に出てテントを見ると・・・何やら夜中は気温が上がったのか、どう考えても、雨かみぞれが降って、その水分がテントを被って、テントも雪も表面はカリカリなのである・・・

が、雪はどうやら止んでいる・・・道路は、トラックが地平線までつづいていて、渋滞の規模がどれほどなのか推測すらつかないのであった・・・

出発は、9時を回った・・・というのもポールのグリスアップをしてからとなった・・・

出発して、以外にも数キロは路面が硬くしまっていてというか除雪されたというのか、一晩トラックがゆっくりと踏み鳴らしている関係で、走りやすかった・・・がその後は、ひどいありさまで、とても自転車で走れたと言えるような状況ではなかった・・・

7kmほど行ったら、昨日の午後3時頃に、しゃべったドライバーがいて、何やら一晩で7kmしか進んでいないようであった・・・僕がテントに泊まったっていると言うとかなり驚いていて顔がひきつっていた・・・そして、道は雪がぼそぼその、走れても10m行ってはどてっとつまずいてはという繰り返し・・・

その状況の中、心は・・・あの、みんなの歌・・・友達のタンゴを歌いつづけた・・・友達のタンゴ・・・タンゴ・・・タンゴ・・・タンゴ・・・~~~友達のタンゴ・・・タンゴ・・・タンゴ・・・タンゴ・・・~~~謎である・・・

ある集落では、あいかわらず、トラックはどれも停止したまま、もう前が動いても、誰もすぐには動こうとしない・・・皆、ことごとく僕に話し掛けてきて、どこからきた・・・というもの・・・が、もう答えきれない・・・無視する・・・でも皆ドライバーは、このとんでもない渋滞を笑い飛していて、何度も僕が笑い者にされているかと思うほど・・・笑い声が上がるのであった・・・

道路の雪は、半分以上は、ぼそぼその雪で、自転車ではまともに乗れない、30%ほど快適な硬い除雪されているかのような所で、10%は深雪で、自転車をもがきながら押す、もしくは持ち上げるという状態であったDumanoboの集落まで、およそ25km進んで、昨日見かけたトラックは全部、こののろまな自転車の僕がゆっくりと追い抜いた事になった・・・そして、渋滞の根本的な原因がこの集落の分岐が除雪も何もしない為なのかとも思えた・・・がこの集落を境に、サンクトペテルブルク方面への渋滞は終了して・・・今度はモスクワ方面への渋滞に切り替わったのである・・・こっちは完全に動く兆しはゼロ・・・何をしているのか訳が分から状態ないのである・・・

その集落で、まずゴムの手袋とちょうど鍋の取っ手のシリコンに最適なチューブを買った。

そして、商店では、というか、この渋滞がなければ誰も生活の糧にはなっていないような店で、ことごとく干からびたようなクッキーや豆など、あとは調理しないと食えないものばかりであった・・・おいしいものはもしかしたらドライバー達が全部買ってしまっただけかもしれない・・・

そしてその集落からは町の中へ通る道とサンクトペテルブルクへダイレクトなのと2つあり、ガススタをはさんでいて、こっちからはどっちも大雪で自転車では走れなそうにないように思えたものの・・・少し行くと何やら道路の隅がきれいにというかいちよう除雪してある・・・これなら距離が稼げそうだ・・・と思うのと・・・除雪車のありがたさを本気でかみしめたのであった・・・除雪・・・ありがたいなー・・・これほど、単にアスファルトが見えている事がうれしいと思った事は他にないかもしれない・・・

そして、快調にといってもゆっくりと着実に隅を走って、途中、なんでこんな寄せてくるのか分からないカマスの乗用車などは、どうもノーマルタイヤで、一切、ハンドルを切ろうものなら、滑ると言う事なんだろうと推測した・・・頼むから突っ込んで来ないでくれ・・・というかこの状態ならスパイクタイヤにはき変えてくれ・・・

渋滞は、僕が見た限りでは、サンクトペテルブルクへの車線は推定50~60kmでモスクワ方面の車線が30~40kmという感じがした・・・が、その規模と車の密集状態や量ではサンクトペテルブルク方面のほうが格段に規模が大きいのであった・・・

あるトラックドライバーが、クーシャイ!(食ってけ!)とのお声がめずらしくかかり、いただいた・・・サードという豚の油身の塩漬け、そしてコーヒーとパン・・・スパシーバ!ウラジーミル・ムノーガロウさん!

もう3日動いていないと言った・・・途中なんなのかわからないけども、ヘリが上空を飛んでいて、撮影しているのか、渋滞の回避策を練っているのか何かをしているようであった・・・

そして、ボロチェックの町に夕方になって入る・・・マックの看板が唯一の広告らしい広告のように思えた・・・おもしろそうなDIY関係の店もあったけども、日没がせまっていたので通過した・・・

すると、ガスティーニッツァ400mという表示・・・これは安そうな看板である・・・泊まりたい・・・そして表示のあった道を見ると、雪は深雪で、自転車をもがいて押していって、値段を聞いたら高すぎて泊まれないなんてことになりかねない・・・それで戻ると言ったらとんでもない労力である・・・やめよう!と言うことで町を通過する・・・が後から考えるとすでに10泊も連続でキャンプしていて、登録の事を考えると泊まっておくべきだったと後悔した・・・

そして、もう、沼地と林の区別はつけれるようになってきていて、沼地は主に、すすきのような植物が生えていて、林は細い木々と太いのが見えるのである・・・が林の間の水路もあるので、入念に見ていって、あるポイントに絞った・・・水路のすぐ手前の地盤である・・・雪を蹴ってどかすのにけっこう疲労した・・・そして夕方、心のメロディは、ZARDの揺れる思い・・・揺れーる思い・・・体じゅう感じて・・・~~~なぜこの極限状態でこの歌なのかほんとに不明である・・・

今日はスメタナとチョコチップクッキーとウェハース・・・まあまあである・・・ウェハースにはスメタナの絵が書いてあるので、きっとこうして食べるとおいしいよという事だと思うけども、まあうまかった・・・

そしてペルミネとヒンカリ・・・一日の疲れもふっとんでしまうほどであった・・・が、今回の大雪で、今の装備では 雪に閉ざされなくても、十分必要な物を持って脱出できないので、軽いプラスチックの橇と、軽いスキー板やストックくらいは自転車に本気で積んでおきたいものである・・・

さて眠ろう・・・当分は雪は降らないだろう・・・いや、そんなことは、誰にも分からない・・

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2012.12.02

ディレムニという集落での出来事

朝、目が覚めるのは以外に早かった・・・7時にテントから出る・・・昨日渋滞は、終わったはずが、なにやらサンクトペテルブルク方面のトラックが、どういうわけかまた渋滞を引き起こしているのである・・・

が、僕がテントを撤収してから少ししたら渋滞は先へ進んだようでトラックはいなくなっていた・・・

さ先日買ったロシア製のゴム手袋は2日目にしてやぶれる・・・しかも後からきずいたけども、サブで買った丈夫そうなゴム手をどこかで落とした・・・あまりにもグローブをたくさんポケットに入れすぎて管理できていないようである・・・これを期にルーズになりはじめている物のパッキングを考えなければならない・・・朝、9時を回ってもあたりは暗く、道路の隅を走るのは、若干危険かとも思えたけども、出発した・・・

そして、眠気があり、あるマガジンで、ソーセージを2つとチョコのアイスを食べて休憩してから明るくなるまで待った・・・

そしてこぎだす、道路はほぼしっかりと除雪されている・・・ところどころ雪があるけども、快調に進んでお昼前に30km近く進む・・・そして、古びた教会が目に入ってきた・・・ディレムニという集落で、あるアレク君という少年が追いかけてきて、何やら家に来い!というのである・・・

ついに民家へ招待されて、これはごちそうや、暖かいものがありそうだな!とあわや、甘い期待を抱いて狭い雪をどかした道をついていく・・・というかもがいて自転車を押した・・・

そして、招待された家は、マーシャ・イワノバさんという70歳のおばあさんの家であった・・・正直家に入っても、もはや冷え込んでいて、招待された台所はコンロのマキストーブはあるものの、室内へは熱は放出されていなく、冷蔵庫の中のような家で外のほうがまだ暖かいような状態であった・・・

そして、チャイを入れてくれて、砂糖をおさじで山盛り3杯も入れてくれた(ちなみにそのおさじは僕には渡されない)・・・そしてパンにバターをぬってくれる・・・チャイペイ・・・(飲みなさい)・・・クーシャイ・・・(食べなさい)と、初のロシアの民家でのもてなしである・・・いやーついに民家に招待されたか、うれしいものだ・・・と思っているのは20分ほど・・・ずんずん冷え込んでくる・・・すると、このおばあさん・・・なにやら今から、私は・・・外の除雪は出来ないから、ここから道路まで除雪してくれと言う・・・なにやら本題があったようなのである・・・そうか、まあこのくらいはと思ったのが甘かった・・・

深雪1m行かないくらいの雪をどかすのが、またしょぼい自家製のシャベルではまともに雪をすくえないのである・・・また新たな教訓を得た・・・ロシアにただと思われるものはない・・・

それでも50mほど必死で除雪して、まだ甘い考えがあるから不思議なもので、ボルシチでも作ってくれるのかな?と、僕はそれでも甘い期待をいだいているのである・・・これは正にパブロフの犬みたいだなーと後から思った・・・なんとも考えがまとまらないけども、やはり、こうしたロシアの環境の中では、条件反射の原理そのものが、まさにそのままの形で存在しているという・・・いいかげんロシアの人々のしりょうぶかさを考慮すべきだと思う・・・そして僕を招待してきた、アレク君は他の家の子のようで、それも、彼はこの家にマキを運んでいた・・・推測、僕が道路を通りかかって、おばあさんが、男手が欲しかったようで、少年に僕を呼びに行かせて、そのとうり僕は家に行ったという事のようにしか思えない・・・のである・・・まったく、とんでもないばあさんである・・・が、12時過ぎて、おばあさんは、僕に隣の家があるからそっちに泊まるかい・・・というような事を言ってきて、推測、手伝いプラスアルファ・・・宿代を請求したいんだと推測する・・・まったくふざけるんじゃありませんよ・・・僕は、スパシバ!とお礼を言って、自分が除雪した道を通って道路へ出た・・・まったくもって、見返りを要求する・・・裏心のある親切ばかり感じるのだけども、先日食べてく!と言われて、夕食に招待するようにカフェに連れて行かれ時も今回も、外の気温は氷点下であり僕が疲れているようにも見えると思う・・・なんともそんな状況でよく旅人にそれ以上のものを要求してくるなーと思うのであった・・・そして、道は、どこまで行っても景色は変わらないものの、除雪してあり、走りやすいので、快調に進んで、あるちょうどいい場所にマガジンがあり、そこでペルミネと牛乳などを買う・・・そして外で止まっているトラックからチャイのお誘いである・・・よろこんで!まさか今度も何か見返りを要求してくるのかと思ったら・・・そんな事は無かった・・・さっきのおばあさんの家より豪華で、トラックの車内は暖かく・・・あつぎりのハム4枚にパンにマヨネーズそしてうまそうなクッキーに牛乳たっぷりのミルクティと、そして、親切な青年・・・いたれりつくせりであった・・・ユリ・コーシェブコさんはまだ若いのに目の真中が少し白内障みたいになっていた・・・そして、サディコフ・ラビルさんは、なんともロシアと言うよりも日本人に近いモンゴロイドある・・・二人ともウラル山脈のチラビ・スカヤから来ているらしい・・・ここから2000kmあるらしい・・・3日も渋滞が進まずにトラックの中にいると言う・・・親切な、ほんとに友好的な青年で、最後お互いの写真を撮った・・・

そして、僕は喜び勇んで自転車をこいで、今日は日没前にある林の中でテントを張った・・・なんともこの寒さでキャンプ11泊目・・・先日歯医者に行ってから風邪ひいて以来、次第に疲労を感じる・・・宿で2泊くらいして、体を休めて野菜を食べて、装備を乾かしたいのである・・・さて夕食としよう・・・

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2012.12.03

12日ぶりの宿

しかし、昨夜、というか夕方、雪がちらほら降り始めて、あれには愕然としたものであった・・・今回の大雪の始まりの日によく似た降り方だったのである・・・が朝にはというか夜は降っていなかったようで、なにも積もっていなかった・・・ここのところ、風邪気味で、喉は痛いし、豪雪による極限状態が数日つづいたことも、更には11日も連続でキャンプしていて、日常となったラッセルや水作り・・・とにかく、ずっと氷点下であり、無我夢中の日々なのだけども・・・どうも、疲労はピークに達しているかのように思えるのであった・・・

今日は、バルダイという集落を訪れるので、そこで宿に泊まって、滞在登録をしないと、RCTCのウラジーミルさんが言う、10日に一度登録すればいいという約束を過ぎてしまうのである・・・

テントを撤収して、道路まで毎度のごとく荷物を運んで自転車を運ぶ・・・

道路は、更に夜中に除雪したようで、僕が道路脇から入る道は埋まっていた・・・そして9時過ぎに走り出した・・・どういうわけか、けっこうきつい上りが多い道で、遥か彼方には、街灯が道の行き先を照らしていた・・・スパイクタイヤは、効いている時は、静かで、アスファルトの上で氷が無い場合は、バリバリとうるさい、除雪されてアスファルトに見えるものの、実際は少し凍っていて、スパイクはよく効いていて気持ちがいいのであった・・・

そして、あるセルフのガススタでガソリンの92を2リッターボトルに入れて、少し行くと、ダカールというパリダカのレッドブルチームの車の写真がかっこいい、カフェがあり、二階は車の部品を売っていた・・・先日、ゴムの軍手を使いもしないで無くしてしまい、急遽よさそうなのを買ったけども、ゴムが硬く後から返品して、大きめのやわらかいゴムの安いのとマイナス40度までのロシア製のグリスに返品した・・・、

そしてその隣はホテルで、見るからに高そう・・・いちよう値段を聞くとやはり高く、1300であった・・・

そして宿の、カウンターのお姉さんに、他のホテルは無いですか?と聞くと、2キロほど行ったバルダイにあるという・・・そしてその集落への行き方が、わからなかったというか道はあまり除雪されておらず、結局、かなり先まで行ってから、その町へ入った・・・が最初に目に入ってきたのは、鉄線で覆われている、厳重な警備の刑務所であった・・・どうもこのロシアの北極圏に近い寒い場所は、先日もそうだったけども、刑務所が多いようである・・・

そして、町の通りへ入っていく・・・おばさんやおじさんに数回尋ねて、宿にたどりついた・・・

900ルーブルのトイレもシャワーもオイルヒーターもありベランダまである、けっこういい部屋である・・・ここで2日ゆっくりして、疲れを癒さなければならない・・・

僕のソチで行った滞在登録の、紙をみておばさんは、プロブレームと言いながら見つめていた・・・

しかし今から思うと、結局は滞在している場所での登録なので、日数ではないので、日にちを書き換える必要は無かったように思えるのであった・・・

そして、僕はつい町につくとどんだけ疲労していても元気になって、町のスポーツ用品を売る店を見て歩いた・・・雪上を歩いて、緊急時に脱出する為に、軽くていいスキーはないかなーと思って見たけども、大半は重たすぎて、あるマーケットにあった鱗板の板に普通の靴でも付けれるベルトタイプのビンディングをつけるのがよさそうに思えた・・・

そして、久々にカフェで、ピザにフライドチキンにサラダを食べる・・・うまかった・・・

そして宿で後から作るように冷凍の野菜や食品を買って帰った・・・

シュラフは乾いてロフトが戻ってきて、テントも氷のような状態だったのが、しなやかな生地に戻った・・・そしてリアメカのプーリーにロシア製グリスを入れてみた・・・あー眠い・・・喉がいたい・・・一眠りして夕食としよう・・・

2012.12.04

バルダイは雪

しかし、昨夜はうとうとして一眠りして、そういう、うとうとした眠りは何日もなかったので、たったそれだけでも疲労が和らいだ気がした・・・朝、外は吹雪いていて、愕然とする・・・時計を見ると7時頃で、ふと次に見たときには、時間が1月1日の6時というついに、スントが壊れたのかと思う現象が起きたのである・・・推測、ベランダに出て急激に暖かい部屋に入っておかしくなったのか、それか先日パネルが、結露してその影響なのか何なのか真相は不明だけども、宿の時計を見て時刻を直したけども、これが何も無い場所だと、困るかもしれない・・・

昨夜から喉の痛みが長いので、抗生物質を飲んでみたら、一発で利いたようで、喉の痛みは引いた・・・ほんとよかった・・・

昨夜は、何から手を付けていいか分からない状況あったようで、自転車のプーリーを見ると、チェーンの通し方を間違えていた・・・全てのグリスアップをしたくなったけども、やはりワイヤーが毛羽だっている関係でアウターを外すと、戻せなくなるのは目に見えているので、やめた・・・その代わりに、念のため道路の塩カルなど凍結よけの粉末などによる、自転車のパーツのサビがあるのではないか?と思って、部屋のタオルをウエスにさせてもらって、リム・ハブ・ペダル・フレームと雪にまじれて泥だらけの自転車を拭いてみる・・・予想は的中で、マグネシウムのペダルが最もサビが目立った・・・

そして、チェーンは本来ステンレスでピカピカしているものが、やはり泥や砂を噛んでシフトしている関係で磨いてもきれいにはならないのであった・・・が、ここで自転車をきれいにしなくてもいいかと思っていたが、とんでもなかった・・・やってみるものである・・・

そして、今日の目的は、やはり今後吹雪きとなるというのは容易に想像がつくので、まずなんとかして、上着のカッパ・・・あるつり道具屋で、カモフラージュのいちようシーリングしてあるカッパを買った・・・

そして応急処置としていた安いロシアのウレタンマットは表面のアルミ箔が剥がれて、さらにボリュームも最初の半分くらいになりはじめ、また冷え込むのも時間の問題と思われたので、無駄だけども180cmもあるしっかりしたマットを買ってカットした。が、もったいなくもいくつかは置いていくしかなさそうである・・・

通りへ出ると、昨日、僕が話し掛けていながら、あまりにも人相が悪く、この先の刑務所上がりかと思うような2人組にまた町で2度も会って・・・あっちから、電話がどうのこうのと話し掛けてきた・・・そして最後は、あるおばさんが話し掛けてきて・・・なにやらコピーテレフォンという、何なのか不明で、ほんとに電話がかけれるのか不明だけども、端末を売りつけたいようで、説明するものの、僕は一言、ロシア人のよく使う・・・「二ナーダ!」と断ったのであった・・・通りを歩く子供や女性を今日改めて見てみると、ことごとく青い目に金髪という感じで、ここがもう北欧に近いという事を痛感するのであった・・・が、猛烈に冷たーい美人ばかりで、しょうじき見たくもない・・・この土地で生きる人に他者を受け入れるような寛容さは感じられない・・・つい見とれて、写真撮らせて!と言いたくなるだけ、かなりの無駄な労力なのである。

そして、何を思いついたか、ついにフロントバッグに、何としてもヤッケやその他を押し込むために、邪魔くさいボリュームの無い雨蓋をある裁縫道具屋にナイロンベルトがあったので、いろいろ思考錯誤して、あるミシン職人のおばちゃんに頼んでいろいろと縫ってもらった・・・まあまあの出来だと思う・・・

一通り、思い当たる準備は済んで、まだスキー板と橇は、いまいちいいのが見当たらないので先伸ばしとした・・・そして夕方に遅い、昼ご飯として、昨日も食べたピザ屋でささやかなる贅沢をしに向かった・・・ナルチスというお姉さんのお勧めのキノコのサラダ、が、少しきゅうりが入っていた・・・そして、昨日につづいて安くておいしい、鳥のてばさき、クリブシクイ・クリンネ・・・そしてトマトとチーズのピザ・・・マルガリータ・・・が、僕にとってはささやかなる楽しみであったのだが、横に男女2人ずつの若者がいて、何なのかこっちを見るかのように、笑い転げはじめて、僕が店を出るまで、あまりにも不愉快な時間であった・・・が今から考えると、ロシアというのは、カフェがある種の唯一の無礼コウ的な環境なのかもしれないな・・・とも思うのであった・・・というのも小さい子が店を出るとき語りかけてくるのである・・・これはロシアではまずありえないので、きっと何か、やすらぎの空間なんだと推測する・・・

が、僕にとっては正直やすらぎでもなんでもないのでもう二度とこういうレストランには入りたくない・・・というか、帰りの長いシベリア鉄道を考えると、今回のような不愉快な事があるとすると嫌なものである・・・今後アジア系をターゲットとしたネオナチ系もいるかもしれないので気を付けなければならない・・・が、今日のは差別だと思うし・・・軽いネオナチだとも思うのである・・・さて、シャワーもあびたことだし明日の朝までゆっくりしようと思う・・・明日からまた極限のキャンプが始まるのである・・・

2012.12.05

バルダイを出発する

しかし、昨日、朝スントを見たら、時間も日にちもくるっていて、直したものの、今朝あらためて見たら、また時間も日にちもくるっているのである・・・いつくるうのか分からないけども、推測日時の変わる時にでもおかしくなるのかとも思えた・・・これでは、今後、予定も立てれないし、なにより帰りシベリア鉄道のの日時や曜日がこの状態では、先が思いやられる・・・と言う事で、今日は朝一で町で見かけた時計を売っていそうな店を見て回った・・・がどこも僕の探しているような物とはほど遠いものばかりであった・・・そして、10時にスーパーが開くまで、教会の中で、この一度はスターリンによって無くされた、キリスト教でありながら、今のロシアの信仰はどんなものなのだろう?と見学したのであった・・・皆、入ってくると、額の絵のガラスにおもむろにキスして回るのである・・・それがどういう意味なのかは分からないけども、次第に、かなりストレス太りしているかと思われる神父さんとその弟子というのか、その人たちの、朗読がはじまる・・・そして、女性の熱心な信者に変わり・・・最後、すばらしい歌を聞くことが出来た・・・それも横で待機していた小太りの女性のソプラノというのか・・・声のボリュームがすさまじいのである・・・いきなり大音量でCDでも流し始めたかとおもうほど、初めて聞く、生の歌声であった・・・いやー、朝からほんとにいいものを見させてもらった・・・スパシバ!そしてスーパーへ行くもやはり、時計など置いていないのである・・・もうこの際、あきらめて行けるとこまで行こうと言う事で、宿で荷物を下ろしてから、おばさんに滞在登録の用紙を受け取って出発した・・・

町のはずれの・・・刑務所を眺めながら、町を出て、道路M10号に合流した・・・

道路は、先日からさらに入念に道路脇まで除雪がはじまっていて、ほんとにありがたかった・・・

が、除雪がしっかりしてあると、トラックはほぼ、普段どおりの高速走行になってきていて、どういうわけか、連続的に、危うく巻き込むような走行をするドライバーが相次いだのであった・・・

が、かといって、道路脇は若干雪があり、そこを走ると、こっちがいつハンドルを取られてもおかしくない状況なので、危うくも道路の端を行くしかなかった・・・

 

お昼過ぎ、ある・・・ん・・・これは安そうなムードのカフェだなーと思っていちよう値段を聞く・・・やはり安い・・・サラダ50・うまそうなスープ50パン一切れ3という・・・全部で118ルーブル・・・およそ4ドルである・・・ここのところロシアのマヨネーズたっぷりの日本でいうパフェのよう盛り付けのサラダにはまってきていて、今後、下手にマガジンで買うよりもカフェによっては十分安く食べれるという事が分かったのであった・・・出発間際、あるトラックドライバーがカフェに来て、店を出てから、僕がムールマンスクへ行くと言うと、そのドライバーもムールマンスクなのかその方面なのか、自転車なんてマリンキー(小さい)からトラックに載せて行ってあげようか?と言うのである・・・まあ、僕は、単に目的地を目指しているのではなく、その過程のこのロシアを楽しんでいるので、トラックで行くのは筋違いなので・・・スパシバ!とお礼を言って別れた・・・が、このドライバーは人相は悪かったけどもなかなか親切な人なんだと思う・・・途中、小学生などの学習用品などを運搬していたと思われるトラックが、激しく事故を起こしている現場があり、ノートやトランプさらにストローなどが大量に散らばっていた・・・

ある集落を境に、道路脇に、机を出して、お湯をまきで沸かしている、人たちがたくさん見え始める・・・なにやら、お湯だけ沸かして、チャイとコーヒーなどを入れて、20~30ルーブル取るらしいのである・・・これは、どこか、個人個人が小銭稼ぎにやっているように見えたけども、どこかサンクトペテルブルグという商業の中心が近いだけあって、どこか、今までと違う商売ムードなのであった・・・

やはり、写真を撮らせてといっても誰も撮らせてくれる人などいない・・・というか、ロシアではもはや、許可など得ていたら何もできないとも思えた・・・が重たい自転車をかかえているがゆえに、勝手に撮ろうにも撮れないのであった・・・撮ると言ったら、墓石の顔の絵や、事故ったトラックなど、ほぼアダムスファミリー状態なのである・・・途中、またしても反射ベストが落ちていて、拾った・・・これはまた違った構造で、後からよく見ようと思って外ずけしていたら、夕方たちよったマガジンでかばんを開けた時に外に落としてというか置いてきたようで、無くなっていた・・・どうも荷物が多すぎて管理しきれていないというのをつくずく感じるのであった・・・

そして、道路脇は、どこまで行っても、両側とも水路となっているシベリアの春などの雪解け対策なのか、水路が、所々、茶色い水が見えて、とても入れない・・・もう先日のように落ちるわけにはいかないのである・・・が、きりがなく、ある場所で、水路を棒でつついてみると、どうやら凍っていて、割れば、濡れそうなムードでありながら、なんとか林に入っていいばしょを見つけた・・・

雪を蹴ってどかして、広めにスペースを取って、2回にわけて装備を運んだ・・・もうなれたものだけども、2日休養を入れたからか、どこかいつもの死に物狂いというような気分は無くなった・・・

さて冷えてきたので夕食としよう・・・

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2012.12.06

サンクトペテルブルクまで200kmをきった

しかし、昨夜は、雪は、コンコンと降り積もっているかと思うほどでありながらも、朝、テントをたたくと、少し落ちるだけであった・・・正直、また道路は雪に閉ざされて、トラックの渋滞が200km近く起きるのかと思うと愕然とする思いであった・・・が、道路を見に行っても、昨日あれだけ入念に除雪車両ががんばったのに、また路肩はやり直しという感じであった・・・普通なら、9時過ぎには明るくなるものの、暗く、出発は10時過ぎとなってしまう・・・道路まで荷物をかつぐのも、もうなれたものである・・・

道路は、路肩が雪で狭くなり、しょうがなくも車の轍すれすれを走らせてもらう・・・いったい何台のトラックが僕の為だけに迂回しているか数えきれない・・・

道は、さすが標高50m以下と低く、どうも・・・もう、海岸線というような、平地のような場所へと道は伸びていく・・・サンクトペテルブルク周辺は、平地なのだろうか?ソチと同じように厳しい山岳地帯のアップダウンが繰り返されるのだろうか?・・・できれば平地であってもらいたいものだ・・・

お昼前にはたった2時間で35kmを超えた、が、まったくもってマガジンは無い・・・

昨日にひきつづき、野菜を食べないといいかげん、動物性の食品ばかりなので、今日もまた、

安そうなカフェを見計らって進んだ・・・あるシベリア鉄道の車両の食堂を買い取ったのか、なんなのか、そのまま道路においてある、鉄道カフェがあり、おもしろそうなので、入ってみた・・・

 

値段はボルシチとサラダとパンで100で、サラダもボルシチも何かで赤く染められた、もので、どっちも似たような味であった、が、お昼に暖かいスープを少量でもとるというのは、やはり体温をあげるのにいいのであった・・・

雪が降っていても、少量なのでウィンドブレイカーだけで午前中はこいだけども、やはり道路の水分をトラックが跳ね上げる水しぶきで、けっこう濡れるので、上だけ矢ヤッケを着た・・・

そして、ノブゴロド方面への分岐を過ぎて、どこまで行っても、景色も変わらなければ、僕の心境も変わることもなく、ただ、崩壊した家屋が路肩には多く、家の作りそのものが簡単な感じがした・・・

が、先日、チャイとパンを食べさせてくれて、雪かきをさせられた70歳のマーシャ・イワノバさんの家は、住んでいながらにして、もう少しで崩壊しそうな傾いた家であった・・・

そして、65kmも進んでもマガジンは無く・・ある、このシベリアにしてはめずらしく田舎なのに信号機のある集落があり、その交差点の横に、スーパーがあり、そこで今晩の楽しみ・・・主に、スメタナ・ビスケットやパンなどを買った、600近くもつかったけども昨日の出費は少なかったのでいいとした・・・中でもついキッコーマンの醤油が80であり高いけども、やはり日本人としては、ここはやはり、今晩のペルミネはこれで食べたいと思い立ってしまい買った・・・楽しみである・・・そして、外でヨーグルトを飲んでいると、あるおじさんが、どこからきた・・・と聞いてくるので・・・何度も日本からだよ!ヤポーニャ!と言うものの伝わらず、疲れたので無視した・・・しかし、どこまで乳製品を摂取しているんだと、我ながら驚くほどである・・・はたしてこんだけ乳製品を食べていいのであろうかと思う・・・朝スメタナをたっぷりパンにつけて昼にヨーグルトを500ml飲んで、夕方またスメタナ山盛りである・・・まあ、この際ずっとカルシュウムが不足していたと思うのでいいとしよう・・・

そして、道は、平坦な原野へとつづいていて、もうツンドラの林もなければ、また広大な農場といったムードであった・・・が、さすが、平地では距離が稼げて、3時過ぎには80kmを超えた、平均速度20km前後・・・スパイクもピンが丸まったのかさほど音も気にならなくなってきた・・・が平地でこいでも時速30km近くは出ないので、やはりスパイクの抵抗はかなりのものだと思われた・・

そして、3時30分過ぎに、あるマガジンでさっき買い忘れた、安いサイダーを買う・・・そのお店のお姉さんは、僕が外で自転車を押していると、興味深そうに、外へ出てきて見ていた・・・ロシアではまずないパターンであった・・・きっと他のお客を待っているとか何かがあったんだと思う・・・

そして日没まで2時間もある4時過ぎに、今日はゆとりをもって、ある集落からは離れた道路の横の林の中にテントを張った・・・そして、久々にキャンプのムードと己の姿を記念撮影した・・・

一日の走行を終えて、スメタナをたっぷりつけてビスケットを食う・・・これがたまらん・・・

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2012.12.07

サンクトペテルブルクを迂回する

夜、タジキスタンで会ったロシア語の堪能なアメリカ人・キースが言っていた、嫌な気分な日は、良い音楽を聞いて眠る・・・という事で、昨夜はポップミュージックを聞き流して、眠って朝、最後の曲のあたりで電源を切った・・・すると、テントにパラパラとしかもかなりのペースで雪が降り積もっているのである・・・あーあ、これはまいったなー・・・眠ろう・・・と言う事で、またシュラフにもぐった・・・

そして、目がさめて、もう7時を過ぎたかな?と時計を見る・・・先日2日連続でくるっていたスントがここのところ正常に動いていてくれて助かる・・・なんと9時を回っているのである・・・雪の影響で、太陽は厚い雲に覆われていて、真っ暗なのである・・・道路は、また自転車が走るスペースは雪で埋もれているし、何よりも朝からテントの雪をどかして装備を出してもすぐに雪に埋もれるし、スタッフバッグやパニアの中に舞い込んでくる・・・やってられない・・・朝から嫌になる・・・愕然とする・・・それでも出発は、10時を少し過ぎたくらいでなんとかなった・・・

雪なのでヤッケで出発して、すぐに暑くなって下に着ているフリースとウィンドブレイカーを脱ぐ・・・

が、数キロ行って、どういうわけか雪が止んで・・・道路も雪が少なくなったのである・・・うんざりしていた僕にとっては、まさに、晴天の霹靂・・・とでもいうべく状態であった

そして、お昼前にはぎりぎり20kmをこいで、Zueboというサンクトペテルブルクへ行かずに、ムールマンスク方面への分岐についた・・・が、予想はしていたけども、やはりメインの大動脈とは違いある意味、ローカルな道であるがゆえ、道は除雪はしてはあるけども、自転車では走りにくい状態であった・・・

分岐にはカフェがあり、外に僕の目指したい方角から木材を運んできたと思われるドライバーに、この先は、何かプロブレム?と聞くと、指でこのくらいとジェスチャーして、どうやら15cmくらいの雪が積もっていて、自転車では無理だと言った・・・そうか、やはり、これはサンクトペテルブルクへ行くべきか・・・と考え直す・・・が、カフェで、ハルチョというスープを食べて温まっていると・・・、どうも雪はけっこう道路に積もっているものの・・・マグネットやシュミットなどの、ロシアの大手食料品スーパーの食料を運搬している大型トラックが、あっちからもこちからもやってくるのである・・・これなら行けるでしょ?ということで、僕は、ある種の賭けに出た・・・都市部へ行っても僕にとっては良い事など絶対に何もない、こういうローカルな道の方が絶対におもしろい・・・と言うことで、進んでいくと、トラックドライバーはきっと大げさに言っていたように思えた・・・というのも、雪が深かったのは分岐周辺だけで、その先は、アスファルトが見えている程度の深雪であった・・・がアスファルトが見えていて立ち止まると、一見アスファルトなのだけども、表面は凍りついていて、ブーツの底がツルッと滑るのである・・・やはりここでもスパイクタイヤのありがたさを感じるのであった・・・そして、キリシまで20kmほどと思われる・・・ガソリンスタンドとベッドのマークにフォークとナイフのようはパーキングエリアまで少しに思えて、20kmだと言うのである・・・20kmもあるならこんな看板は、まだ出す必要は無いではないか?と思うのであった・・・そしてボルホボまで69kmという看板があり、その地点から5kmいかないくらい進んで、日没前に余裕をもってテントを張った・・・

キリシまでは5kmもないと思う・・・明日の朝通過するであろう・・・ただ、トラックドライバーも言っていたけども、除雪車両は1台しかいない・・・というのはやはりあたりで、ここで大雪にやられたら、これこそ、道路の雪がどかされるまで早くても1~2日はかかりそうな気がするのである・・・ここは、一刻も早く抜けて、メインのルートに合流したいところである・・・今日は何をした訳でもなくいつものように自転車をこいだだけなのに、朝の大雪による、愕然とした気分からくる疲労感があり早く眠るとしよう・・・あー疲れる・・・雪よこれ以上降らないでくれ・・・!

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2012.12.08

無事にM18号線に合流した

昨夜も、音楽を聞きながら眠った・・・夕方は雪は降っていなかったのに深夜から降り始めたようで、テントにパラパラと雪が落ちてくる音がする・・・あーまた道路は雪に埋もれてしまったか?といつものように嫌気とともに目がさめる・・・そして7時をまわって、辺りはまだ暗いものの、道路を見に行くと、どうやら、軽い雪でトラックや車が通ることではねのけられて、道路は昨日とさほど変わっていなくて、少しほっとしたのであった・・・もう、毎朝、重たい雪雲のごとく、曇った気分ではしょうがないので、あまりてきぱきテントを撤収しずに、もう気楽にチンタラ行こうぜ!、と言う事で作業をするスピードを気持ち抑えて、出発したのであった・・・ただ日がのぼる前に出発して、思っていたよりも近かったキリシという、町の分岐では、ロシア初の、ほぼシベリアンハスキーの小柄なやつといってよさそうな、危なっかしい、繋がれていない犬が2匹追いかけてきて、しかも暗いので、犬は推測、見えていないので、何をしようとも、どこまでも追いかけてくるのである・・・正直、かなり危なかった・・・そして分岐には、標識はどこにも無かったと推測する・・・もしかしたら犬に追いかけられたのとフードを深くかぶっていて見過ごした可能性もあるけども、まず無かったと思う・・・ある車のドライバーに聞いてから進んでもう一度、眠っているトラックドライバーを起こしてしまい、教えてもらい・・・その2人が同じ方角をさすので、信頼して進んだ・・・そして、所々、雪は深くもなるけども、基本的に車の轍の位置だけは、アスファルトが見えて表面が凍っているいつもどうりの路面であった・・・そして、どこまでいっても、マガジンなどある訳も無く・・・あっても、深雪の道を500m入った場所だったり、マガジンと書いてある廃墟だったりであった・・・

が、お昼前にパショーラックという集落に入って、どうもあれが怪しいと思って通り過ぎる角度から、扉にビールの広告が貼ってあったので・・・これだ!と思って入った・・・あたりであった・・・

うまそうなものが比較的安くいろいろあったので、今晩の楽しみのスメタナに、初のサード・・・豚の

油の塩漬け・サラダ・パン・カツレツなどのお惣菜・・・など・・・そして、店内に椅子があったのでそこで食べさせてもらった・・・すると、この店はカフェなのか隣がカフェなのかよくわからないけども、カフェ・クーリナリヤ・コーラスという店らしく、おばちゃんジーナ・グルコーバさんと話して、なかなかいおばちゃんで、紅茶にコーヒーを混ぜたのを入れてくれた・・・そして、写真を撮った・・・すると小さな女の子がやってきて、これは、このおばちゃんならいいんじゃないか?と思って聞くと、OKで初のロシアの子供を写真に収めることができた・・・そして、すかさず、今度は小さい二人の男の子もやってきたので、そのおばあさんに、写真撮らせて!というと立て続けにOKであったものの、悔しくも、もうカメラのフィルターではなく、レンズの内部で結露して、曇った写真しか撮れなかった・・・無理もない外はマイナス8度・・・店内とは温度差がありすぎるのである・・・

そして、うまいサラダやカツレツなど、カフェよりもよっぽど良い物を食って、外の吹雪の中へ出る・・・

そして、出発した・・・今日は、何とかして、メインのM18号線に合流したい・・・

凍りついた川の上に、数組のつり人が、各自おもむろに、大きなドリルに椅子、そして穴に糸をたらして釣りをしていた・・・これは、見ていて面白い・・・ロシアの冬は、この川の上での釣りが楽しみなんだろうなーと思うのと、正直僕もやってみたくなった・・・

ただ、どんな田舎にも釣り道具屋&アウトドアショップがあり、このロシアのアウトドアが日常に溶け込んでいるありさまは、ロシアならではのものだと思う・・・

そしてボルホボという集落まではキリシから60kmだったので、見計らっていると、あるマガジンでシュークリームに牛乳の休憩をとってから、少し行って、ボルホボに入った・・・その町にもやはり、看板は何も無く、道は3回たずねた・・・すると僕が地図を見て行こうとしている、キセルンジャという場所ではなく、ダイレクトにM18に出る道が、新しくできているようで、単に直進して行けばいいというのである・・・そう言う訳で、僕は、道をただまっすぐに進んだ・・・

すると、まさに分岐には、ムールマンスク1279kmと記されていた・・・

その合流地点にには、釣り道具屋があり、氷に穴をあけるばかでかいドリルやいろんなアウトドア用品を扱っていて、楽しんだ・・・中でも顔全体を被うゴーグルは3600ルーブルもするけども、なかなかいいものであった・・・その店のおばちゃんを写真に撮った・・・おばちゃんを僕を写真に撮った・・・

おばちゃんは、僕にキャンプしていて、ぶん殴られないか?とぼこぼこにされるのではないかと心配していて、いやそんなことはなかったよ・・・と伝えた、極東のバイカル湖のほうのチタという場所ではそういうこともあるらしいよと伝えた・・・しかしボコボコにされるんじゃないか?などと心配されるとこの辺一帯でのキャンプが心配になるのであった・・・そして、隣の車用品の店に地図があり、ムールマンスカヤとカレリア・共和国の地図見る・・・今後どこにでも置いてあるとは到底思えないのと、またいいのがあったらまた買えばいいと思って買った・・・この今いるレニングラードスカヤも欲しかったけども、無かった・・・そして、道路脇の林を偵察しながら進んでいくものの、ことごとく、凍っているものの、完全に沼で、氷の下が水深どのくらいあるのか不明な沼地が延々とつづいていった・・・が、ある、日没まで30分に迫った5時30分・・・木の棒でつつくと土の地盤の林の中にテントを張った・・・屋性動物の獣道がもろ通っている場所にテントを張ったので、今日は熊撃退スプレーをすぐ出せる場所においておくことにする・・・あー疲れた・・・

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2012.12.09

交通マナーが悪すぎる

昨夜、バーナーで温まりながら音楽を聞いていると、ふとした時に時計をみると、日時は1月1日で時刻は6時と、完全に狂っているのである・・・あーまただ・・・すぐにサイクルコンピュータと時間を照らし合わせて合わせる・・・氷点下10度ほどの日々の中で、テントの中の気温との差で、結露するのか、もしくは単に時計が寿命なのか?正直すぐに気がついたからいいけども、タイミングが悪いとこれはけっこう困る・・・新しい時計に変えたい気分であった・・・氷点下の世界ではデジタルはだめなのだろうか?なぞである・・・昨夜は雪は止んでいて一晩雪は降らなかったようで、なんとも久々に朝、気持ちが軽かった・・・雪が降っていないというのがこんなにうれしいとは・・・

道路は、一晩中、車が行きかっていて、車が通り過ぎる音がした・・・道路はアスファルトが見えているいい状態で、ただ歩けるかといったらやはり表面はアイスである・・・少し行って大きなスーパーがあったのでペルミネやハムなどを買い込む・・・その、シャスブストロイという町の先で、見るからにぽんこつな、コンクリの古びたビルがあり、どうも中はいろんな店舗が入っていそうなのである・・・外には自転車が2台止まっていて、ぼろい自転車でありながらもしっかりと鍵でつないである・・・が僕は、こんな重たい自転車持って行けないでしょ?・・・ということで、目立つ場所に倒しておいて、中へ入った・・・スポーツ・マガジンはありますか?とある新聞などを売る売店のお姉さんに聞く・・・無いらしい・・・ちなみにけっこう綺麗である・・・そして、日用品のマガジンを覗いて出るときである・・・小さな子が、こっち行ったりあっち行ったりと、ふざけていて、僕は店を出るに出れない・・・すると、その子の後ろに、その子のおじいさんがいて、なんとその子を叱らずに、僕に怒鳴ってきているのである・・・これには、僕は本気で怒った態度でおじいさんに対して怒鳴っておいた・・・が・・・これは、あるボスというロシア映画で、見たワンシーンを連想させられものであった・・・というのも映画の中では、いじめられている少年が、いじめっ子にやりかえすと、いじめっこは、親にいいつけて、でっち上げる・・・すると、とあるボスが、話にならない、親をなぐる・・・という・・・ばれないように嘘をつく子供の言いなりとなっている親は、真実が見えていないというのか、無条件に子供を信頼しすぎているというロシア映画のようなシーンであったのである・・・が、これはマコーレーカルキンの映画・悪い遊び・でも似たような状態が描かれている・・・雪国のある種の特性のようにも思えた・・・

まあ、とにかく、筋違いの、ちょいと不愉快な思いをしてからか、こぎだしても少しの間、むかむかしていた・・・ある町のかどに、パトカーが止まっている・・・なんとも僕の先を行くかのように、動き出したので、嫌な予感がしたけでも・・・何事も無かった・・・

そして、どこまでも、同じ光景はつづいた・・・両側に林というツンドラの林の中へと道は伸びていて、次第に、吹雪始める・・・夜に降らないと思ったら昼に降るようである・・・かといって夜降ると昼間は止んでいたり・・・ここのとこずっと、青空は半月以上見てないし、星空となったらそれ以上で、吹雪いていない日などここ2週間は一度もないのである・・・これでは、この先、いくらオーロラが天空を舞っていても、絶対に見えるとは思えないのである・・・・気温は、朝、氷点下10度が定番で、それ以上、下がらないのである・・・ある道路脇に、トラックが止まっていて、その前には事故って道路脇に落ちているトラックが一台・・・ドライバーが何をしているのか不明な状態・・・すると僕が近づいていくと、軍手をはめながら僕の走っている右側へやってきて、なにやら話し掛けてきたのだけども、あまりにも良いシチュエーションではないので、僕は、無視して通り過ぎた・・・いったいこのドライバーは僕に話し掛けて何がしたかったのであろうか?そして、吹雪きはずんずんと激しくなり、ゴーグルをしているから見えているけども、はずすと目もあけられないほどであった・・・あるオルトブ川という大きな川をわたる・・・全面ほぼ凍っているようで、表面は雪で覆われて真っ白・・・がまだ、凍りは薄いと見えて、誰も釣り人はいない・・・大きな川はよほど氷が厚くはらないと危険なのである・・・

あるカフェをのぞくと、以外にもサラダとボルシチで100だったのでパンは持参して食べる・・・

これが今まで一番安くてうまい店で、クルトンは食べ放題であった・・・

そして、吹雪きの中、交通マナーは、アゼルバイジャンにも引けをとらないほど、悪くなって行った・・・

まず、僕が道路脇を走っているのに、真正面から正面衝突しないほうがおかしい状況が、延々とつづくのである・・・僕が(自転車が)よけるのが、あたりまえのようなのである・・・といってもつねに、これ以上脇は走れないという位置を走っていながらである・・・しかも路面は凍結して、いつ予想外の事態が起きるかなど誰も分かるわけがない・・・思わぬスリップやハンドルをとられるなど、予想外の可能性のほうがどう考えても高そうな路面、そして吹雪き・・・まったく、いつひき殺されるかと、秒読みカウントダウンという状況が延々とそして明日もつづくものと思われる・・・

ここまで来る間、ソチからモスクワ周辺も全てにおいて、ロシアのドライバー達は、あまりにもまともであった・・・が、そんなこのロシアの北極圏エリアへの道は、違う文化圏というのか、どこか一般的な感じがするのである・・・ここは、もう北欧とでもいうべきなのではないか?と思うのである・・・

そして、日没すれすれまでは自転車をこがずに、余裕をもって、75kmほどの場所で道路脇の林で雪が若干よけれそうな木の下にテントを張った・・・塩っ辛いサードとマヨネーズでオープンサンドはけっこういけるのである・・・

醤油とカレー粉で食うペルミネはなかなかうまい・・・あー今日も疲れた!

2012.12.10

カレリヤ共和国に入った

昨夜は、眠る前に外へ出てみると、わずかに星が見えた、が、広大なツンドラの彼方の空は、真っ暗闇で、もしここで空にオーロラがあったとすると、やはり怖いのではないかと思った・・・原住民はオーロラを恐れているという事を聞いたことがある・・・いやはや直に見てみたいものである・・・朝、テントの中はかなり、結露していて、これはもしかすると最低気温記録を更新したかなと思って自転車の温度計を見るも、いつもどうりマイナス10度であった・・・外は、厚い雪雲の影響で9時を過ぎても暗く、出発は10時を過ぎた・・・そして、少し行ってロデーニュ・ポーレという集落を迂回する道を行くか、それとも入ってみるか・・・悩みながらも、交通マナーの悪いM18を走りつづけていても絶対に良い事など何もない・・・ローカルな場所を通らなければつまらないものになってしまう・・・と・・・やっぱり入ろう!と言う事で、入っていった・・・英語ではPOLEと記されていて、何かの磁極かなにかがあるのかと思わせる名前なのである・・・

あるマガジンで、入って早々、すでに面白い出来事は始まっていた・・・

シラピカーナ・スベトゥーナワナ・ミハエロブナさんという67才にしては、かなり顔にしわの多いおじいちゃんが話し掛けてきて・・・まあいつもどうりの事である・・・どこから・・・いつから・・・どこへ・・・いつ日本へ?と・・・そのおじいちゃんの連れている犬が僕を常に警戒していて、危なっかしかった・・・なんとも、あるビデオの中でのスケベじいさんに顔がそっくりで、写真を撮らせてもらった・・・

店のおばちゃんは、僕のノートをおもむろに見ながら、アルマティでの宿トルキスタンを見るなり、どことなく目頭を熱くしていて・・・どうかしたのかな?と思っていると、母親がトルキスタン出身だと言うのである・・・いやはやロシアはなんと広いのであろう・・・ここから何キロ離れているというんだ・・・と・・・途方も無い気分になった・・・

このマガジンでは、バレーニキ1kgとペルミネ・・・サードにクッキーにスメタナなどを買い込んだ・・・

外では、足の不自由な人が3人いて、氷点下10度の中ずーっと道行く人に語り掛けていて・・・

この3人も写真に収めた・・・中でもリナットさんという方はタタール人らしく自分はタタリアンだと何度も言った・・・そして、僕は出発した・・・いやーローカルな場所は入るべきだとつくずく思った・・・たかだか30分ほどの寄り道で、気分はすっかりリフレッシュしてまた交通マナーの悪いM18へ戻っても思い残すことはないと思った・・・

そして、今日は吹雪いてはいない曇った日であったものの、次第にうっすらと空の青が見えそうな時があった・・・が少し水色に見えただけであった、林の間から久々に太陽が見えて、つい喜びのあまり写真に収めた・・・そして、カレリア共和国へ入った・・・道路標識には・・・カレリア・レスパブリカ・・・と記されていた・・・するとムールマンスクまで1080とさっきまで見てきた距離表示がかなり少なくなり、少し行った場所では1130と表示の距離は増えていて、いったい何なんだ?と、思ったけども、きっとその地点からショートカットする道があるものと思われた・・・

次第に、やけにほっぺたが感覚が無くなり始めていて、これはいつもより寒いんではないか?と思って温度計を見るとついにマイナス12度である・・・いつもより2度ほど低いようで、さすがにほっぺが凍傷になると嫌なので、ついにバラクラバを装着した・・・あっという間にほっぺの感覚は戻った・・・

そして、キャンプする場所を探し始めるも、この数十キロ近く何もない場所でありながら歩いてくる人がいて、集落があると思われたのでキャンプは避けて先へ行くと、やけにしっかりした検門があり、警官が2人も立っている・・・が、遠くからゴーグルごしに見てもなんとも警官に悪ぶれたムードは無く、ボケーッと、ほのぼのした感じであったけども、心して無視して自転車をこいだ・・・何事も無く通過して・・・今度こそキャンプする場所を探す・・・進行方向側の道路脇は、ことごとく水路・・・しかも凍っていて大丈夫だと思われるものの、強く踏んでみるとメキメキ言うのであきらめる・・・そして反対の方も、確認しながら行ったけども、雪が深いうえに沼地という状態・・・が最後は水路は何があるか分からないので・・・反対車線側の林に入って、良い場所を探した・・・コケなどの植物のふかふかの地面で、木の棒を刺すと、40cmくらい入って下は沼地だと言うことが分かり、最初目をつけて整地した場所はあきらめて別の場所に決めた・・・そこも天然のコケなどの植物が雪の下には生い茂っているフカフカのベッドといった感じであった・・・今日は朝スメタナとクッキーを食べただけで一日ろくに何も食べずにきてしまっている、今後こういう事をすると予想外な場所でエネルギー切れを起こすと困るので、カフェを利用すべきだと思った・・・

テントに入って、まずサードとパンで腹ごしらえしてから、さすがに冷えるので、バーナーをたく・・・そして凍りついた先日買った牛乳を鍋に入れてバーナーで解かして、ミルクティを作った・・・そしてクッキーとスメタナ・・・いやはや、いいものである・・・さて夕食としよう・・・

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