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大剛日記

2012.11.19

ザドンスクという町

昨夜は、ブッシュの中で、トラックが行きかう音はするものの、やはり静かな一夜となった・・・ブッシュの中は風を受けないだけ、暖かく思えたものの、朝どうも・・・林で暗いためか、寝起きが悪い・・・8時過ぎまで眠る・・・そして外で自転車の温度計を見ると、マイナス4度であった・・・今回2度目の氷点下の朝であった・・・きっと寒くて寝起きが悪かったようにも思えた・・・林の中へ入るときは、折れたり倒れた木が至る所に産卵して・・・更に暗かったのもあり、かなり苦戦したけども、出るときは、道路が見えているのもあり、簡単に出れたのであった・・・首もとから吹き込む風が冷たいので、今日はめずらしくバフマスクをした、が、それが暑いのである・・・またすぐはずしたのであった・・・

道は、昨日から平地になったものだとばかり思っていたら、またもやなだらかなアップダウンの繰り返しで、もとどうりであった・・・

ある、高そうなというか、よくある綺麗なカフェで、久々に贅沢しようと、中へ入る・・・そして、60ルーブルでボルシチを食べた・・・机の上にはマスタードやケチャップが置いてあり、全部使うことを思うと、持って帰りたくなり、ためしにポケットに入れた・・・それが、厨房のみ見ていなそうでよく見てるおばちゃんは、見逃さなかった・・・即座に、ケチャップ取ったね!だどうのこうの、もう大声で言う物だから、僕も笑って、これがうまいんだよ!だ・・・どうのこうの言って、もとどうり机の上に戻して、出発したのであった・・・駐車場の警備のおじさんは、自転車を見張っていてくれたのか、ずっと僕の自転車に興味をもっているようで、いろいろと聞いてきた・・・トラックドライバーもしかり・・・

そして、ついに遠くに高速道路の料金所が見え始め、これは遠くから観察しても、どう考えても中国のように自転車も通れそうなムードではないうえに、更に追い返されて戻るのに数キロはあるので、迂回するように一般道は横にあり、MOCKBAと表示もあったので、そっちを進む・・・今回のロシアで初の、ローカルな道へと入っていき・・・正直、やっとおもしろい!と言える走行が始まったかのように思えた・・・入って行くと、やはり集落にはマガジンがあり、そこでペルミネなどを買う・・・そのトパレックという村では、どこかまたマガジンのお姉さんが機嫌がよさそうで、いろんな男たちが入れ替わり入ってくる・・・やはりやさしくてきれいなお姉さんである・・・ペルミネは、相場の1・5倍くらいの額を言って来たけども、あるジャガイモ・カルトーショカのペルミネは450gで39だというので、3つ買った・・・そして写真撮影もOKでしてくれて、撮る・・・アレキサンドラ・マロスさん29歳・・・これは2度目のマガジンガールである・・・心底喜びにあふれながら・・・自転車をこいで今度はまた違うマガジンで、喜びの祝杯をあげた・・・ミルクにデニッシュでミルクが味がものすごく薄かった・・・表示が30と大きく書いてあるので成分が濃いのかと思ったら、小さく0・3と別の所に書いてありこれは、今後表示をよく見てから買わなければならないと思った・・・

その店には、やさしくも厳しそうな・・・おばちゃんというかおばあさん・・・ロシアン・・・バブーシュカがいた・・・いいムードであった・・・写真撮影はだめだった・・・があるおばちゃんが、さっきのマガジンで僕が撮影したという情報を得たのか、気がかりな、ジェーベシカを撮ってるんだて?と言ってきて、小さな村の情報の行き渡ることの速さを感じたのであった・・・謎である・・・さっきのお姉さんが写真を撮られたと言いふらしているとは僕には思えなかったのである・・・

そして、ただでさえアップダウンの多いロシアだけども、それでも比較的フラットな大きな道は、知れていたのである・・・というのもローカルな道は、もはや過激な山をストレートに超えるようなアップダウンがつづくのである・・・でも、その道路脇では、ロシアの人々の日常が垣間見れて、数段におもしろいのであった・・・日没間際・・・もういい場所で、テントを張ろうかと思っていると・・・ザドンスクという町に入ってしまう・・・しかもロシアの、モスクの頭ににた形の教会が立つ、どこか伝統あるかのようないいムード・・・そして通過しているとあるホテルがあり、見るからに高そうな、新築の建物で、いちよう値段だけでも聞いておこうということで、行くとなんと600である・・・しかも部屋はかなり綺麗である・・・それでも僕はまあ今日はやめておこうということで自転車をこいだ・・・少し行くと橋を半分工事していて、一車線で、しかも僕が通ると、後ろの車はどうやっても追い越せないという・・・それでいて橋は、数百メートルもあり、なんとも後ろの車に迷惑をかけているかのようで肩身が狭い思いであった・・・そして橋をわたり終えて・・・いや・・・さっきのあれほどの良い条件の宿は、今後まずないのではないか?というか、このへんで泊まるべきではないか・・・と考えて、戻った・・・けっこう進んでいるかと思ったらそうでもなかった・・・

そして、宿の英語のしゃべれるお姉さんと喋ってから、チェックインした・・・600でこれ以上の宿はきっと今後ないと思う・・・調理はできないらしいけども、ペルミネだけならやってくれるという・・・そして自転車を隣のダイニングに置かしてくれた・・・そして、ある青年はツーリストカードとかなんとか言う、のに名前を書いてくれという・・・しかも英語でもロシア語でもなく日本語で書いてほしいと言うのである・・・お姉さんは青年のガードマンいわく、トヨタのキャムリーが好きだという・・・そして、今度来る時は、車で来て!とお姉さんに言われた・・・そして青年と話す・・・「プーチンははどうですか?」青年は、「あれは、だめ・・・ここでは他のお客がいるから言えない・・・ブレジネフはよかった・・・!」と言う・・・今も、首相の悪口はロシアでは人前では言えないようであった・・・

さてこの村は、夕方には教会の鐘が鳴り響き、僕にとってはロシア初の観光となりそうである・・・昨夜、モスクワのホテルその他の情報を見て、高すぎるので、決死の覚悟でリギストラーツィアの日にちを汚く書き換えたので、もうモスクワは通過するので、この辺りでゆっくりしようと思う・・・

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