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大剛日記

2012.11.18

平野部に入った

昨夜は、といっても前回ガソリンを補給する時に、どうも間違えてハイオクのようなちょっと高いやつを入れてしまい、その関係か昨夜はついにバーナーが調子が悪くなり、それでも夕飯のペルミネを食べてから、メンテナンスした・・・ことごとく疲労を感じつつも、仕事を終えて眠った・・・朝も、どこか目覚めが憂鬱な感じではあったけども、ゴーグルをして道路を出た・・・しかし、今朝は、今回最高の、どろまみれのタイヤとブーツとなった・・・タイヤは雪だるま式に泥が張り付いて、ついには、フレームとの間で詰まってしまい、木の棒で取り除かなければ車輪がまったく動かない状況にまでなった・・・ブーツの底は、もはやおもりを足につけているような感じであった・・・すさまじいロシアのジャガイモ畑の泥である・・・道は、テントを張った場所のあたりがどうも境のようで、ずっとなだらかなアップダウンだったのが、どういうわけか平野部に入り、上りも下りもない平坦な状態へと変わった・・・不思議である・・・まるでコーカサス地方との間のアップダウンは・・・遥か昔、コーカサス山脈が出来た時のしわよせのように思えた・・・今日はボロネジを通過できるかな?もしくはボロネジで宿に泊まろうかな?と思いつつもお昼前には今までで最高の70kmほど進んでお昼過ぎにはボロネジ市内へと入った・・・ボロネジ郊外で、安そうなエリアで、宿は2300ルーブル・・・約76ドルであった・・・今後のモスクワを垣間見ているような気分で、心底モスクワに行きたくなくなるのであった・・・

その宿の近くは、政府の役人というのか、まるで恐怖政治を強いていた頃のような、ソ連スタイルの軍事が多く、うろちょろしているといつでも何か言いがかりをつけてきそうでハラハラしたのであった・・・

そしてボロネジ郊外からセントラルへ行くとき、大きな泉なんだか川なんだか分からない大河の橋を渡った・・・その時は、市内へ行けば宿は安いかな?と思っていた・・・甘かった・・・もはや市内は、トルクメニスタンのアシュガバードなみの、全部新築された遊びのない空間で、安宿などある状況ではないのである・・・ある警官が、棍棒で僕に向かって、おいでおいでしている・・・またいつものきずかないふりして通り過ぎたけども、この警官は、どこか僕を見る視線が、確信じみていて、滞在登録の事で、こいつからなら確実にお金を取れるとでも思っているかのようであった・・・

日没まで・・・タイムリミット2時間・・・僕は、これはこの町は脱出するしかないということで、市内から一路・・・モスクワへと通じる道を全速力でこいだ・・・

日没間際・・・ある、これ以上行くと、絶対に店は無いと判断した場所で、久々に贅沢して、コーラ1リッターとピザにハチャプリを2つで全部で210ルーブルもしたけども、テントでのささやかな楽しみとした・・・

そして、道はツンドラの林の中へと伸びていく、すると・・・道路脇で待ち伏せしていたかのような、小さい子を乗せた車の、おじさんが、道路脇で(僕には、きっと家に来いという事ならいいけどなー・・・・)と思いつつ、ハローと声をかけてくるものの、しかひ、さっきの警官かとも思え・・・いや、、、もしかするとKGBか何かだとやっかいだ・・・と判断して無視して通り過ぎた・・・おじさんは、険しい声をあげた・・・その声は、恐ろしく・・・荒々しく・・・へたすると新種の子供を連れた強盗かのようにも思えた・・・どう考えても、家に泊まっていけと言ってきそうな人の声ではなかった・・・危なかった・・・もうここは、シベリアとでもいうべくツンドラと言うのか、白樺の林のエリアである・・・この林の中には人も動物も何がどんな状況で潜んでいるかが、全くわからない・・・用心してキャンプしなければならない・・・ナイフでめった刺しなんてごめんである・・・さて夕飯としよう・・・

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