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大剛日記

2012.11.01

明日ソチヘ出発する

しかし、とんでもないげてものにあたった夜があけて、怒りは沈静しているものの、時としてムカッとするものの・・・それも後1日の辛抱とだと思って一日を過ごした・・・のであった・・・

まず、8kgの荷物をPTTから日本へ送る・・・昨夜は9kgほどの荷物をよく考えて軽くした・・・中でもCDをケースを捨てて紙のケースにしたのが500gちかく軽量化できてたのであった・・・

8kg船便でトルコから日本が106リラ・・・4000円ほどであろう・・・ただひっかかったのが、日本円を両替する店が今までのレートを引き下げた220が210という額をしかも青年ではなく女性が言ってきて、真相は不明だけども、ひっかかる・・・無事に荷物を送って、夏の使わない装備が8kgで・・・冬の装備が20kgとしても12kg増えたのであって、これならぎりぎり許容範囲かなと思った・・・そして次はフェリーのチケットを購入した・・・高速船は昼間に黒海をわたるので景色を見れると思ったのと、なにより深夜の船だと自転車をどこかに置いて客室にいるとなると、なにかあさられそうな気がするのであった・・・130ドル払ってからチケットをもらった・・・明日の10時にこのオフィスの前である・・・お昼は、またかれこれ10食近く、自分で作った卵とトマト炒めを食べて、飽きてきたように思えたけども・・・これが以外にうまかった・・・当然ごはんは2合・・・ここのところ思うのが、よく眠るには、本気でおなかいっぱい食べるのが一番効果があると思った・・・そして、自転車の最後のメンテナンスである、リムテープがサイズもそうだけども伸びている関係でずれてしまって、場所によっては完全にスポークの穴の所でチューブに負荷がかかっているのはわかっていたものの、リム打ちパンクはしないのでいいということにしていたけども、今後マイナス30度を下回る場所へ向かうとなると、リムの金属がチューブにあたって、低温で貼り付いたりそのたもろもろのトラブルがおきるとやっかいなので、自転車屋へ向かった・・・青年は、理解してくれているので、いいけどもボスは、きっと僕がトルコ語を話さないからという理由で・・・意思の疎通が疎かなのと・・・何でもかんでもプロブレムのミスタートルコ・・・トラブルゾンであるがゆえ、静かに工具を使わせてもらった・・・その後、一眠りして夕方になって再び自転車屋へ向かった・・・思い当たる個所は一通りメンテナンスして、ただ最後のフロンのハブはがたついていないけども、念のためやや閉めた・・・ブレーキとのアウターとワイヤーのグリスアップもしたかったけども、まずパーツクリーナーが無いのと、買っても量が多く、借りるのも車のメカニックのとこまでいかなければならないうえ・・・更にワイヤーの先がフロントはけばだっているうえ、さらにグリスもトルコの安物では、どうかと思ってやめた・・・ここだけがメンテナンスしなかった場所だけどもなんとかなってもらいたいものである・・・

夕方、宿のおじさんに近くのチャイ屋がコーヒーを運んでいて値段を聞いたら、1リラだと言い、おごってもらえた・・・サンキュー!旅の後半であるロシアがうまく行きますように・・・

 

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2012.11.02

ソチに着いた

朝、宿のおじさんは、9時近くまで眠っていて、起きないものだから、台所が使えず朝食のカレーを食べるのが9時過ぎになったものの、無事に10時のフェリーの集合時刻には間に合ったのでよかった・・・

そして、チケットを買ったオフィスから10時を過ぎると皆、港へ向かった・・・さすがロシアへの船にはロシア人が多く・・・グルジアとも一味違った、色白なきれいな人が目に付くのであった・・・そして11時過ぎだったとおもう頃から、税関を通って船に乗り込んだのであった・・・僕は自転車の荷物をはずしX線検査をするのにけっこう手間どった・・・

そして、12時過ぎに、超高速船は、けたたましい勢いで黒海を渡っていった・・・

黒海の海岸線で水をなめたときはしょっぱくなかったけども、自転車を船の後ろの外に置いた関係で、塩につけたかのように自転車は海水で濡れ・・・なめると完全な塩水で、一刻も早く自転車を洗わなければならない状態であった・・・そして、日没が迫り・・・完全に日が沈んでから船はソチに着いた・・・税関で並んでいると、トルコ人と思われるおやじは、事あるごとに、僕の前に横入りしてきて、なんだか分からないけども、どうもトラブゾンの人と愛称が悪いように思えてしょうがないのである・・・

去年来たときはといっても2日だけだったけども、そんな事はなかったというかわからなかったのである・・どうもついてない・・・

税関の検査も、監視カメラもコンピューターに写真も撮られず・・・以外にシンプルで、X線検査もすんなりと済んで、出国すると言うときも、税関の紙を書こうとしていたら、そんなのは自転車の旅行者はいいよ!と言ってくれたのであった・・・

そして、今日は遅いので一晩、港で野宿しようかと思っていたものの・・・だめだと言われて、なんとか外で遅くてもやっている両替屋があり、そこで100ユーロと500ドルを変えた・・・僕の後から、何の仕事をしている人なのか不明だけども、すごい札束のルーブルをユーロに変えていて、見ていると1万ユーロくらいは行っているようであった・・・が、僕が見ているのにきずくと、その青年は険しい表情で・・・取るなよ!というような態度を示す・・・それは日本の銀行で平和ボケしているムードとは完全に違うのは一目瞭然であった・・・ただ、目の前に広がる世界は、北朝鮮を始め中国・キューバ・中央アジアの国々・カザフ・キルギス・タジク・ウズベク・トルクメン・アゼル・アルメニア・グルジアをはじめとするソ連の中枢をになってきたソ連であり、ソ連式スタイルの建物も、町の空気も何を取っても、僕にはこの上なく貫禄があるように思えた・・・

そして、バグザールというバスのターミナルと駅の中心を目指した・・・アメリカのファーストフード店のサブウェイやマクドナルドがあり、町は高層ビルが立ち並んでいて、町はピカピカで・・・途方もなく物価が高い雰囲気であった・・・これはトルコよりも格段に豊かな感じがした・・・バグザールは以外にもすぐ近くであった・・・そして宿を探す・・・結局タクシードライバーが教えてくれた・・・おばちゃんに聞けという訳で・・・駅の横におばちゃんがたまってて、聞くとクバルチーラとレギストラーツィアで2000ルーブルと言ってきた・・・そして、向かった先は超高級住宅の一室・・・なんと2000ルーブル・・・60ドルと言う・・・無理である・・・そして、おばちゃんはとてつもなく親切な人で、次のノーマルな1000ルーブルのホテルを教えてくれた・・・ホテルと言っても、おばちゃんが電話してから向かって、更に何の標識もなければただの家の地下室が改装してあるというところで自分で探すのは不可能なのである・・・

さぞかし、おばちゃんにチップを払うことになるのではないかと思いきや、何も払わなかったのである・・・

30分以上も宿探しに協力してくれて、おばちゃんの給料はいったいどこから出ているんだ?という状態であった・・・そして、夜の町へまずは夕食を食べに行った・・・「これが、本物のロシアってもんなのか・・・」・・・と見るもの全てが新鮮で、好奇心は尽きないのであった・・・いったいこの町の先にはなにがあるのであろうか?なぞである・・・

夜の町を散策すると、高級そうなレストランのエリアには、ひときわ高級なのが日本食レストランで、入ると、浮世絵のコピーやそれにひらがなやカタカナなどのふりがながふってあったり、寿司のメニューを見ても高そうであった・・・ロシアでは日本というものがある種の憧れというのか好奇心の的というのか、どこかブームになっているかのように思えた・・・

バスターミナルのレストランは比較的安く・・・まずカツレツだと思ったのが、魚のフライで、これが微妙な骨が所々あり、危なかった・・・そして、ボルシチも食べたのであった・・・うまかった二つで6ドルほどであろう・・・明日は土曜日でやっているか不明だけども外国人登録をする・・・そして、この辺の地図も仕入れたいところだ・・・あー眠い・・・もう眠る・・・

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2012.11.03

準備は整った

昨夜は、興奮していたのか日記を書いて眠ったのは3時近かったのであった・・・朝10時40分に目覚める・・・以外なほど静寂に包まれていてロシアの一日目は気持ちよくスタートしたのであった・・・まず、宿のおばちゃんにレギストラーツィア(外国人登録)をしないといけないと伝える・・・今日は警察署などは休みでどうのこうの・・・そしてある宿の青年の案内でインフォメーションへ行くもまず取りあってくれない・・・ただ、ホテル・マグナリアへ行きなさいと説明されて向かったものの、レギストラーツィアはたった1泊ぶんだけで、プラス宿代でほぼ100ドルである・・・とんでもない・・・

まあ、どうしようもなければ明日この高級ホテルに泊まってレギを取るのも悪くはないということになった・・・そして土曜日で閉まっているかもしれないけども郵便局・・・ポチュタへ向かった。

今回の旅で郵便局へ行くのがことごとく土曜日なのである・・・不思議である・・・そして大抵は土曜日でも切手や手紙などは受け付けてもらえるのである・・・ソチの郵便局もしかり・・・

フルーツジュースを飲みながら郵便局で手紙を書くのは旅のたのしみの一つである・・・

そして、本屋を探したものの、あったものの、僕が探している一枚でソチからモスクワくらいを網羅している見開きの地図はどこも扱っておらず、ロシア全土でしかもインデックスのページで調べてもページが全部違っていて調べるのにえらい大変な冊子の地図しかなくあきらめる・・・これなら僕が持っているのと変わらないのである・・・そしてある通りの片隅にけっこうまともなアウトドアショップがあり、見る・・・タトンカの取っ手のない鍋が550ルーブル18ドルでお得で目をつける・・・そして、再び僕はバグザールのインフォメーションを訪れる・・・これは何度も尋ねることで、教えてくれる宿の値段も徐々に下がって行くし・・・さらには、外国人登録の代行屋を教えてくれたのである・・・それは、バグザールの2階にあるというのが分かるまでだいぶ行ったり来たりしたけども、親切なパン屋のきれいなお姉さんのやさしさに救われて、親切に電話してくれてオフィスの場所が分かった・・・

ユウェノバ ズウェ ノコバエナというおばさんなのかお店の名前なのかは不明だけどもそのソチのバグザールの二階でレギの代行を行っているのである・・・電話番号は、8-918-309-01-66であった・・・無事にそのオフィスに着いて、しかも出来ることならムールマンスクまでの2ヶ月ぶんを登録してもらいたかったけども、それはモスクワについたらまたやりなさいと言われて・・・まあこれでモスクワまで一ヶ月、自由気ままに安宿や民泊して警官に問われても、問題はなさそうなのである・・・おそらく・・・

1500ルーブル・・・50ドルでおばちゃんと共に駅の片隅にある郵便局へ行って郵便での登録は済んだのであった・・・おばちゃんは500を局員に渡したのでポケットマネーが1000だったようである・・・まあしょうがない・・・しかし、おばちゃん自身のパスポートのコピーなども僕の書類といっしょに渡していて、何か問題あったら電話しなさいというので、責任を負うような気もするので1000のポケットマネーならいいほうかもしれない・・・本来ならこれは僕のビザを代行したRCTCがやることなのである・・・そして、通りのDIYのような店を見つけてロシア製の温度差100度ちょい、を計れるマイナス50度からプラス50度までの温度計を45ルーブルで買って、これはフレームにつけようかと思っている・・・そしてさっき目をつけた鍋を水作り用に買っておいた、中にチタンの鍋をしまっても振動を受けても、きっとステンレスなら大丈夫であろう・・・アウトドアショップの女の子のタチヤーナさんの写真を撮った・・・また彼女も日本に興味があるようで、僕にタチヤーナとひらがなとカタカナで縦書きで書いてほしいというのである・・・この日本に対する、好奇な振る舞いはまったくもって謎である・・・

そして、一通り思いつく準備は済んだ・・・2日で200ドルかかったけども、明日からは出費はそんなにないと思うので、予定どうり行けばモスクワまで500ドル以内で行けるはずである・・・どうなることやら・・・地図を買いたかったけども大きな本屋がどこにあるのか分からないのである・・・まあ道路脇のコンビニなんかでも置いていた気がするので走りながら調達しようかと思っている・・・バグザールのマガジンのテーブルでコーラと大きなケーキを95ルーブル約3ドルで食べながら書く・・・さて明日出発しようかどうしようか・・・まあ今後どうなのか不明だけどもロシアのおばちゃん達・・・バブーシュカ・・・は、けっこう親切で暖かいのである・・・

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2012.11.04

予想外の山と谷

昨夜は、同じ宿のボルゴグラードから来ている、ドライバーのいかつい青年2人がちょうど夕食の仕度の時間が重なって・・・同じテーブルで食べた・・・サケ!だとか津波・・・福島だとかいう事は、こんなマッチョマンでも知っているようであった・・・中央アジアで大半のよく聞いてくるロシア語は理解しているけども、ロシア人が使う言葉は、同じ事を聞いているのだろうけども、またぜんぜん違った単語で聞いてくるので、まったく分からないのである・・・やはりこれは地方と本土の違いなんだと思う・・・

近いうちにまた書いてもらって意味を覚えようと思う・・・

朝、起きたのは9時を回っていた・・・といってもトルコ時間からモスクワ時間に2時間早めたので、時差ボケだけどもトルコ時間では7時なので普通に早起きなのである・・・

昨夜は、カレーをありえない量食べて、眠たくなってはじめて歯磨きをし忘れて、朝一でする・・・

そして、出発は10時近くであった・・・線路を渡るまで、急な階段の脇の自転車を押すためのスロープをなんとか下ってバグザールに出て、うまかった、ハムとチーズのフライを食べた・・・そして平べったいチキンの入ったのも食べる・・・フライの入れてくれる袋のごみを捨てる場所がないのでお姉さんに渡そうとすると、ゴキブリでも追い払うかのような態度でシッシッとやられる・・・

そしてソチから郊外へと出ていったのだけども、まず最初で最後の複雑な立体交差した場所で、どうやっても進行方向への道へ出れず、逆流して出たのであった・・・

そして、最初は快調に思われた道が、10kmもいかないうちに、急な上りと下りの繰り返しで、進行方向には、延々と山々が連なっているのであった・・・そして、一日、平均速度10kmの中、峠といってもさしつかえのない標高100mと言うと小さく見えてこれが海抜0mまでと150mほどを上り下りするのである・・・そんなアップダウンは20ヶ所以上だったと思う・・・この黒海の北側のロシアの海岸線は、とんでもない山岳地帯なのであった・・・まったくなんてアップダウンだ・・・ありえない・・・くそー・・・と独り言をはきつづけること一日・・・夕方になってラザレフスコエという町に指しかかると、その町のある場所だけは平地であった・・・もはやロシア人のリゾート地といった感じで、スーパーで水餃子のようなのを値段を聞いても、2割くらい高い金額を言ってくるので、さっき買っておいてよかったと思った・・・リゾート地はどこも値段が割高なのである・・・が、ロシアを一日自転車で走って思うのは、物価がものによっては日本より高いのではないか?ということである・・・まず一番安いソフトクリームが15ルーブル・50セント・・・日本の60円くらいのアイスと比べて間違いなくこっちのほうが安そうな味なのに、値段は日本と似たようなものである・・・そしてコーヒー牛乳500mlくらいが66ルーブル・・・2ドル20セント・・・日本の紙パックの1リッターの105円のほうが遥かに安くうまい・・・そして水餃子450gが80ルーブル・・・2ドル70セント・・・これはまあお得だけども、今日食べてみて量が少ないとなると1kgを買うことになるので、安いとは言えない・・・そしてロシア製・・・スモークしたような味の紅茶1・5リットル・・・65ルーブル・・・2ドル20セント・・・高い・・・そして一日たいしてただ飲んでかるく食べた自転車の費用は400~500ルーブル近く(14ドルほど)はあっというまになくなる・・・これでいてかなり節約しているのである・・・そして、その高い食品を買う店のおばさんやお姉さんの冷たいことといったらないのである・・・僕の勘違いかもしれんしけども・・・もう、中央アジアの時のように、写真撮らせて!などと言える雰囲気ではない・・・それは、道端でも似たような雰囲気の時が多い・・・が、それでも今後は、断られそうなのは分かっているけども聞いてみなければ分からないということも言えるので、明日から話し掛けてみようと思う・・・そして、暗くなる前に、今日もきっと夜中にどしゃぶりの豪雨になると予想して、ある橋の下のコンクリの狭いスペースにテントを張った・・・極東のチタであった旅行者のテントをナイフでめった刺しにして殺すという事件が数件あったけども、ここも大丈夫だとうか?心配である・・・最初のキャンプは平和に終えたい所である・・・さて、水餃子でも茹でてみるとしよう・・・

 

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2012.11.05

急激なアップダウンはどこまでも

昨夜は、450gのぺルミネだけでは夜中におなかがすいて、眠りながらパンと蜂蜜を食べていた・・・

毎回だけども、雨に降られた翌日は、また雨が降ると困ると思って橋の下にテントを張ると・・・これがまず雨は降らないのである・・・毎回で今回もそうであった・・夜中、橋のコンクリから滴る水滴の音が、時として人の足音に聞こえるのであった・・・ロシアでのキャンプ一夜はさすがに用心していたけども、何事もなく朝を迎えたのであった・・・そして、まだモスクワ時間になれていない関係で9時に起きるのだけども、どこか時間を2時間戻したい気分である・・・まずモスクワ時間だと7時では暗すぎるのである・・・そして、出発して、あいかわらずのとんでもない急激なアップダウンが延々と続くのである・・・

これは、自転車にとっては、かなりきついコースと言ってもいいかもしれない・

それでも、10時過ぎに、あるマガジンに寄る・・・アイスの値段や水餃子の値段を聞くと、どうも昨日の値段がかなり割高だったようで、ローカルな場所では、まあ許容範囲の安さでほっとした・・・

このおばちゃんいわく・・・今は普通の気温だけども・・・この辺りはあと10日でかなり寒くなり、北はあと2日で冬になると言うのである・・・そして、この辺りの宿は、300ルーブルが相場だというのである・・・僕はてっきりソチのように1000はあたりまえかと思っていた・・・300なら泊まりたいのである・・・

そして、少し行って、ある宿が話すとウズベクのフェルガナのおばちゃんが経営していて、値段を聞くと・・・普通に1000と言って来て・・・交渉して500になったけども、300ではなかった・・・

そして、とっくに午後をまわり、3時近くにやっとトゥアプセに入る・・・50km行くのにほぼ一日である・・・これは舗装路の道では今までに経験がないほど、過酷な場所なのであった・・・

そして、少し先のアゴイという村で、ペルミネを900g買い込んで、今日もキャンプしようかな?と思っていると、サウナと書かれている奥には宿としか思えない立派な建物があり、入っていく・・・なんと300ルーブルである・・・今日は200しか使っていないので宿に泊まってもちょうど500で一日の使用金額に収まっているので、泊まることにした・・・そして、まずマガジンに行ってジュースでも飲みながら日記でも書こうと思っていたのだけども、まずバス停であるかわいい子に写真を撮らせてと言うと、かなり嫌がられる・・・やはり、僕の感だけではなく、実際にロシアではアジアのようには撮れないということは実感した・・・そして、ある文房具屋でおばちゃんと仲良くなり、テントの中で靴下やグローブをバーナーで乾かすために、クリップを5つ買ったら、4つしかなく、そして僕が日本から来ている事などを言うと、このおばちゃん、僕をリスペクトしてどうのこうのと言うことで、クリップが1こ足りないと言うことだけだったのが、クリップ2箱持っていけという・・・クリップを30個近くもらってもしょうがないので返したけども、今度は、メモ用紙もたっぷり持って行けという・・・さらには、この辺りの名前の入った10ルーブルコインを4つもくれるのである・・・とてつもなく親切な人であった・・・

そして、家族の写真を見せてくれた・・・最後、僕のノートに書いてもらったけども、健康に・愛を込めて・・・バレンティーナと書いてくれた・・・そしておばちゃんの写真を撮った・・・もうロシアは美女は撮るのは難しいので親切なおばちゃんを撮ることになりそうである・・・さて暗くなってきて、宿のコンロとガスを使わせてもらって、900gのペルミネをゆでるとしよう・・・昨夜はゆで時間が足りなかったようで、食当たりして今日は下痢だったので今日は記載にあるように14分以上ゆでようと思う・・・

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2012.11.06

走行距離が伸び始める

朝、目覚めると・・・モスクワ時間では10時を回っていた、何に疲労しているのか・・・そんな事は己のみがよく知っている・・・トルコのぼったくりもそうだし、ロシアに入ってからかわいい子の写真など絶対に撮れないということもそうだ・・・以外にロシアが物価が高いのもそうだし・・・というよりも、道がどこまでいっても上りつづけては少し下るというあまりにも険しいこの海岸線のルートの悩みが一番大きいのかもしれない・・・が、まだあいにく賄賂関係のトラブルは無いのでいいのかもしれない・・・が、妙な疲労感は朝になっても残っていて、それはきっと先行きが我ながら不安があるのかもしれない・・・極東でキャンプしていた日本人が殺された事件もあり、キャンプの不安も当然ある・・・が、疲労感の根本的な所は、様様な要因が重なって来ていて一つには絞れないのかもしれない・・・

この素晴らしい300ルーブル・・・10ドルの宿で、目覚めてもう一泊しようか?と思っていると外の日差しは、明るく好天である・・・12時を過ぎていたらもう一泊したいけども10時を回っただけで、この緯度だとトルコやグルジア時間で2時間引いて朝の8時と思ったほうがいいような場所である・・・よし!出発しよう・・・と言う事で部屋にちらかっているというか、ベッドが一つは布団などの物置になっていてそこが使えない関係でちらかってしまい・・・忘れ物が無いか何度も確認して出発した・・・

宿のおばさんというのか息子の部屋であろう・・・昨日僕が下からかっこいいフェイスガード着きのゴーグルを眺めていたのだけども・・・もうかたずけられていて、それは昨日おばさんが僕が眺めているのを見ていたので、きっと盗まれると思ったのかもしれない・・・真相は不明だけども、きっと警戒しているように思えた・・・もう道はなだらかになったかと思うのもつかの間・・・もとどうり、道は急激な上りに差しかかり、かと思うと少し下ってまた急激なのぼりというのが延々とつづくのであった・・・すると、3人のロシア人サイクリストが、反対車線をやってくるのである・・・グローバルなサイクリストどうしのように話すような雰囲気ではなく、手を振っただけであった・・・そして、あるマガジンで、このあたりは、個人経営で24時間営業のマガジンがよく考えると昨日から至る所にあり、これは大変そうだなと思った・・・

そこで、牛乳のボトルに入ったのは高いので、袋売りの1リッターの牛乳は30ルーブルで安いので買ってパンも食べた・・・そこで、ついにモスクワ時間があまりにも不自由なので2時間時間を戻したのであった・・・するとまだ、午前10時を回ったところで、まだ一日が長く感じたのである・・・事実、これが正しい時間だと思うのである・・・

ある海岸に、膨大な数の水着で寝転んだ美女や男がいるのが肉眼で確認できた・・・そして、水着やハンモックのあまりにもセクシーな看板の数々・・・そして、ちょっとしてというか、ほぼ半日以上かかってズブガという町に入った・・・そこで宿の値段を聞くと、500であった・・・そしてその周辺は、宿の前にガスティーニッツァ・・・500P(ルーブル)と書かれた看板があるのである・・・ある分岐から道は一本は同じような海岸の山岳地帯へ伸び・・・僕は内陸部へ伸びるなだらかな方へ入っていく・・・次第に急激なアップダウンは無くなり、距離があっというまに30kmほど稼げはじめたのである・・・そして、何度か写真撮影を試みるも、まずなんらかの親しくなるきっかけが無いとロシアではまず無理なようであった・・・とくに本来ならOkなはずな親子だと父親はいいと言うけども母親は断固として子供の写真を絶対に撮らせようとしないという、ロシア特有のなんらかの防衛なのか軽蔑なのか何かの反応を示すのであった・・・僕が感じるのは、やはり宗教を一時期は無くなった国であるがゆえ、今キリスト教だと言っても、アルメニアやグルジアのキリスト教のムードからすると、やはり宗教が無いに等しい状況であるように思え、ロシアはキリスト教ではない・・・ということが、写真を撮れないと言う事からも、僕には分かる気がするのである・・・

そんな矢先、ある商店の前でおばちゃんがはなしかけてくる・・・場所は、セロ・モルドバノフカという村で、なんともモルドバというのがおもしろい・・・コーバレンカ・ラリェッサ・ニカラウナさんであった・・・本日やっと一枚写真が撮れてほっとしたのであった・・・そして、海岸線のアップダウンからすると、実になだらかな、山道に道は伸びていき・・・そろそろタイムオーバーだなという頃、ある坂のカーブのコンクリの下の平地に自転車を下ろしてテントを張った・・・写真を振りかえると、黒海周辺のあまりにもセクシーな看板を撮っておけばよかったと思った・・・まあもう遅い・・・そのときは、看板ではなく撮れもしない実物を撮ることしか考えていなかったのである・・・これは今後にも言えるので、今後のロシアでは看板や、やさしいバブーシュカにねらいを定めようと思う・・・さて今日もぺルミネを900g食べるとしよう・・・

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2012.11.07

雨が止まない

昨夜は、やや星空が見えていたとは言え・・・これは絶対に降るという雲行きであったのだけども・・・その読みだけは図星で、深夜11時過ぎくらいから、豪雨というには言い過ぎかもしれないけども・・・かなりの雨の音であった・・・そして・・・まあ朝には止むだろう・・・と思っていたのが甘かった・・・

朝、冬用のヤッケを着こんで出発の準備をしていると、またたくまにテントはびしょぬれで、ヤッケもぬれた・・・そして、なんとかぬかるんだ地盤のもと来た急な斜面を自転車ごところげおちそうになりながらも登って・・・こぎだす・・・そして、地図に載っている峠と思われる場所を通過するものの。もはやここ数日のアップダウンにくらべたら話にならないのであった・・・道路には、コインがたくさん落ちていて、峠でドライバー達が投げていくのかもしれないけども、僕は全て拾って財布にいれた・・・

そして、重たい雨雲は、無くなるというようなムードではなく、延々と遠くまで続いているのである・・・激しく降るときもあれば静かになるときもあるけども、雨は一向に止む気配はなく・・・そんなこんなで、上着は防水性能が悪いのかシャツがけっこうぬれるのである・・・ずぼんも悪いのかと思いきや、後から脱いでみるとそうでもなかった・・・

まる一日雨が降り続いて・・・いつでも宿があれば非難して衣類を脱いで乾かさなければ、風邪をひいてしまうのである・・・が、宿はことごとく、1200から1250などの高額な宿が多く、そのたびに肩を落として自転車をこいだのであった・・・そして、あるこれは安そうだという看板を見つけて入っていくと、ここはロシア人しか泊まれないというのである・・・これにも・・・あー中国と同じ状態の世界がついに来てしまったと思った・・・が、ある古びた宿が連なった結局は宿ではない宿の建物の近くのマガジンで、裏に宿をやっている家があり、電話して行けばいいと教えてくれたものの、電話がないうえロシア語もまず僕のでは無理で、商店のお姉さんは冷たく、近くにいたおじさん二人は、話し掛けると、日本円やドルをくれ・・・出せだの話にならないのである・・・が、最後は割って入ってくれて、あきらめたけども・・・

一泊10ドル近い金額で泊まれる場所が無いのである・・・もう最低30ドルはあたりまえと思って予算を考えるべきかと思うのであった・・・

そして、日没迫る時間に、もうキャンプかな?と言う事で、あるガススタで水をもらう・・・そこで、ある親切な青年に会う・・・日本のトヨタのセリカGT4を買うとかなんとか言っていた・・・青年が電話して、この近くの宿を教えてくれて、向かった先は、なんとか500ルーブルで16ドルの一人部屋におちついたのであった・・・そして、自転車は倉庫に入れてくれて、装備は部屋へ上げた・・・そして着替えを見ると、なんとトルコのビニール袋がやぶれていて、少しぬれているのである・・・これだけは絶対にやってはいけないので、今後、着替えをぬらさないように最善の手を考えなければならない・・・

そして、1kgのぺルミネをまた宿のキッチンでゆでた・・・今日買ったのはじゃがいものやつであった・・・お肉ばかりだったので、今後交互にしたいと思う・・・そして、キッチンの引き出しに、あるトマトソースが置いてあり、少しかけさせてもらったけども、これがロシアの自家製のケチャップというものなのかな?

という味で、なかなかうまかった・・・そして、宿の裏手の、ところである青年と2人の女性がいて、僕は話を聞いた・・・女性二人におおもてのこの青年が、何をしているのか知りたかったのだけども、なにやら三角関係の恋愛中で、なにやら僕がよけいな事を聞いたら、なにやら警官のようで、ドキュメントを見せろだ、警察署へ連れていくぞだどうのこうのと、もはや職権乱用もはなはだしい乱暴な青年であった・・・今後こう言う時があったら、こっちこそドキュメントを見せてもらおうと思った・・・明日も雨が止まないとなると安いカッパの上だけでも必要である・・・

いったいいつから雪になるのだであろうか・・・雨にはほんとまいる・・・

 

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2012.11.08

雨は止んで青空となった

しかし、昨日のどしゃぶりの雨の中の走行は、かなり過酷なものであった・・・500ルーブルの宿に、はんべそ状態で完全に日没後に辿り付いたのでよかったけども、びしょぬれでのキャンプになったら、かなり危なかった・・・が・・・まあ、深夜通りで、銃を発砲している人がいて、僕の部屋は道路に面しているので、流れ弾が飛び込んできそうで怖かった・・・が、しかし、ウクライナのルーシャはよかった・・・

朝、カーテンの隙間からは、晴れているような日の光が見える・・・とびおきて外を見ると・・・青空である・・・今日はもう一日いようかと思ったけども出発である・・・おしい・・・こんな田舎のいい宿なかなない・・・モスクワ時間では12時・・・僕のトルコ時間では10時に荷物をまとめて、宿のバスタオルをかってにウェスにして、泥まみれのサイドバッグや自転車の泥をはらった・・・そして、宿を出発する・・・昨日来るときは、分岐からセントラルまで遠く思えたけども・・・以外に近かったのである・・・

そして、少し行って、スーパーでレーズンとジャムのパンと、牛乳を買う・・・58ルーブルほどで、2ドルといったとこである・・・ここのところ、安くすませるコツが分かってきて、大きなスーパーで買い出しすることである・・・そして、冷えるのに、なぜか牛乳がロシアに入ってからおいしく、ロシアの牛乳は日本と同じ水準の味である・・・とにかく毎日飲んでいる・・・そしてここ数日ぺルミネを食べはじめてから、下痢がつづいているのである・・・牛乳が原因なのか不明だけども、はやく下痢しなくなってほしいものである・・・食べている最中、あるドライバーのトルコ人のような顔の髭をはやしたおじさんが話し掛けてくる・・・ドキュメント(パスポート)とかの警官のチェックがどうのこうのと、けっこうロシアの警察の心配を毎回してくる人が多いけども、今のところまだ、一度もチェックされていないのでなんとも言えないのであった・・・そして冷え込みが、昨夜を境に、完全に寒くなり始めていて、昼間もフリースを着こんでの走行となった・・・でも背中は時として汗ばむのであった・・・そして道路脇にある、数世紀前の旅人とでもいうべく・・・髭に民族衣装に、道路脇に置かれたしょいこという・・・なんとも道路がアスファルトでなかったら、ここは完全に時代が違うかのようなムードのおじいさんがいて、話す・・・イェロマノフ・イヨワンさんで、何度も「ボーガン・・・ボーガン・・・ボーガン」と言っていて、意味が分からなかった・・・そして握手すると、ありえない強さで握るのである・・・ほぼ握力全快なのではないかと思うほどの強さであった・・・特殊な文化だなーと思った・・・おもしろい写真も撮らせてもらえて、久々に意気揚揚と進んでいった・・・昨日にひきつづき、今日もサイクルコンピューターは動かない・・・もう距離など気にしない・・・

そして、延々と平坦な、草原地帯を道は伸びていて・・・

夕日の地平線のグラデーションやそのスケールは、今まで見てきたスケールを覆すほどのもので、壮絶な夕日であった・・・日没間際にさしかかって今夜のペルミネを買おうと店を探すこと2時間・・・この草原地帯には店など何も無く・・・結局ガススタで何か買おうかと思ったら値段はスーパーの2倍ちかいものが目立ち・・・あきらめて、アルメニアの最後のジャガイモとラーメンにして、道路脇の林の影にテントを張った・・・そしてトルコのウルカーのうまいチョコケーキを食べてジャガイモラーメンで夕食を済ませた・・・もうダウンジャケットを着こまないと寒くてしょうがない3度ほどでありながら、あまりに夜空とトラックの行きかうライトがいいムードなので、外で凍えながら日記を書く・・・さて寝よう・・・あーつかれた・・・

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2012.11.09

冷え込んで来た

しかし、昨夜は自転車に付けてあるロシア製の温度計を見ると、0度ではないものの1度ほどのところを指し示していて、朝にはテントは凍るかな?と思ったけども、水もテントも凍らなかった・・・もはや結露してびしょぬれと言った感じである・・・シュラフ足の方が、テントの入り口であたっていた関係で、ぬらしてしまい、中身はもちろんベイパーブロックのインナーに入っているので大丈夫だけども、足の方は今後ビニール袋に入れようと思う・・・ぬかるんだ、広大な何かの農場でテントのポールの先やテントのすみっこ・・・そして自転車のタイヤは泥まみれであった・・・トルコ時間の8時過ぎに出発して・・・少しいけばマガジンか何かあるかと思ったのが甘かった・・・推定・・・昨日から120kmちょっとは何もないのである・・・今後は、しっとかりと2日分は買い込んで行くようにしなければならない・・・

そしてなんとかあった商店の並ぶ集落は、これが何かが、おかしいのである・・・まず、どの店も店員が怒っているのである・・・そしてある店のおばちゃんは、何があったのか分からないけども、泣いていて、「カクディラ?」調子は?と聞くと泣きながらプローハ(最悪)と言うのである・・・そして、当たり散らすのである・・・そのため僕も訳が分からなくて、気分が悪いし、後から来た警官二人もけげんな状態であった・・・そして、しょうがないので嫌な店員のいる店しか、ペルミネを置いていないのでしょうがなく、しかも160で買う・・・これは安い店の2倍の額である・・・水を水道から分けてもらうものの、茶色い水で、得たいのしれないものであった・・・

ただ、シュウォルマのロシア判のようなのは80もしたけどもうまかった・・・30のピロシキはいまいちであった・・・そして、パンもチョコも買いたして、ある10ルーブルのソフトクリームを食べて、出発した・・・そして、サイクルコンピューターが作動しないので距離は分からないけども・・・ある場所に・・・大きな道路の看板に[Krasnodarsk Region Resort  See you again]と書かれていて・・・リゾート地だったの?という状態であった・・・そして、その間際・・・いきなり訳の分からないクラクションを鳴らしまくるドライバーに、半ば脅しのような運転で自転車のよこをかすめるのである・・・瞬時にもうここはきっと治安もマナーも低いのではないかと推測してしまうような出来事で・・・気を引き締めるのであった・・・
そして日没間際・・・道路脇の林の影にテントを張った・・・林の中には誰かが昼寝する場所なのかゴザの敷いてある場所があり見に行こうとすると、大きな野ウサギが、バサ・・・バサバサバサバサ・・・と

飛び出してきて驚いたのであった・・・

まだ明るいので今日は夕食の前に日記を書こうとしていると、反対側の空がすさまじい夕日である・・・この辺の動物は猫にしろ犬にしろ、ウサギにしろ隙を作ると食料を荒らすので、おやつをテントに入れて反対斜線へ行って夕日を眺めた・・・昨日にしろ今日にしろすさまじい壮大な夕日である・・・いい夕日が見れて撮影もできて満足した・・・さて寒くなってきた・・・今日はテントの中で地図を乾かしたいので、ためしにテントの中でペルミネをゆでてみようかと思う・・・

さていよいよ寒くなってきた・・・スパイクタイヤに履き変えるのが楽しみである・・・さて今日も早く眠ろう・・・

1109_01

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2012.11.10

ロストフを通過

昨夜は、左の上の奥歯を手で触ると、どうやら親不知が知らないうちにはえてきているのである・・・

これは、新しい命というのか、何かうれしいのやら、下の奥歯があたらない場所なのでへたすると痛いのではないかと不安とどこか喜びのような感情がうずまいていた・・・朝、さて出発ようかなと思い始めるころ・・・テントに・・・ポツリ・・・ポツリと雨の水滴がつきはじめるのである・・・そして、時計の気圧を見ても下がってはいないけども、停滞状態で・・・ただ進行方向の遥か彼方の空は、朝日が薄くピンク色に見えないこともないので、頼むから雨よ降らないでくれ・・・と祈って出発する・・・しかし、次第に小ぶりではあるものの、ウィンドブレイカーが濡れ始めるので、ヤッケを出す・・・そして数キロもいかないうちに雨は止んで、暑いのでヤッケを脱ぐ・・・なんとも無駄な事をしていた・・・が、雨が止むかどうかは、いざ降りだしてしまったら濡れるのでヤッケを着るしかないのである・・・

そして、ロストフ方面とモスクワへのダイレクトな分岐で、僕はロストフに寄り道することにした・・・そして、道路脇に、予想はしていたけども、マックはないかな?と思っていると、マックのドライブスルーのゴミが捨てられているのである・・・これは今日のお昼はマックだなと言う事で進んでいくと市内へ入っていった・・・そして、もしかするとマックは、アウトレットモールの中かもしれないと思ったけども・・・セントラルにあってくれてよかった・・・そして260くらい約10ドルほどで、ビッグマックセットとナゲットを食べる・・・これなら、自分でペルミネをゆでたほうがいいと思った・・・

そして出発しようと道路へ出ると道路の反対側で、GTの自転車とそれなりにしっかりした自転車に乗っている人がいるので、こっちへ来るのを待った・・・そして、この辺に自転車屋はありますか?と聞くと、何やら、すぐ近いとこだと、スポーツ洋品店があるけども、遠い所にプロショップがあるという・・・そして、自分の英語ではしっかりと伝えられないので案内すると言ってくれて・・・お父さんと娘が、案内してくれた先は、おもしろい店で、大型のアウトドアショップと言っても、夏場はマウンテンバイクと冬はスキーなどの店で、自転車の部品もシマノのXTクラスまで揃っている・・・が、サイクルコンピューターに限っては、BBBのしょぼくれた、走行距離と時計機能しかついていないしょうもないのしか置いていないのである・・・シグマのハートレートモニターはあるのに、サイクルコンピューターはこの辺では需要が無いかのように思えた・・・そして店でセットさせてもらったけども、これが扱いにくいしろもので、さんざんであった・・・がまあ、最後は、ボタンを強く長押しして切り替わると言う事が分かるまでに1時間はかかったのである・・・そして熊撃退スプレーを入れるフレームバッグもしょぼくれたのを買い・・・なんとも自転車のグレードは下がる一方であった・・・が、必要最低限で言えば、走行時間も分かりたいけども、走行距離は必要不可欠なので最低限必要な物は手に入ったと言っていいであろう・・・

長時間、僕に付き合ってくれて、メンバーの店のカードで割り引きまでやってくれてから、最後は銀行での両替まで付き添ってくれた・・・親切なアレキサンダー・ゴロべーコさんには、ほんとに感謝である・・・スパシバ!

そして、市内からモスクワ方面へ向かっていく・・・今晩の夕食を仕入れないといけない・・・あるスーパーで130のペルミネ900gを買ってからクッキー・・・牛乳も安い袋売りのを買う・・・そして水も3リッターボトルに入れてもらった・・・昨日の水は、茶色いへんなのだったので今日は透明でよかった・・・

そして店のお姉さんは・・・僕がスパシバ!と言うと・・・「カニョーシナ!」と言った、意味が分からなかった・・・どういたしまして・・・だったら良いけども、他のいやみのようにも聞こえたのである・・・そして郊外へ向かう途中の道路脇で、牛乳を飲みながら、GPSに現在地を登録してから、1リッターの牛乳を飲み干して出発する・・・

どうも人口密度が以外にあるようで、行けども行けども、すぐに集落が見えるので、キャンプする場所を見極めるのに、日没すれすれまでかかってしまった・・・が、ここ数日の完全に人がいないと言う場所ではなく、少し人がいるという場所である・・・用心しないといけない・・・道路には、原因不明の渋滞で、多くのモスクワへ向かうトラックなどが立ち往生している・・・そして、お昼にハンバーガーを食べて、おなかがいつもよりすいていなかったのか、900gのペルミネは、かなりこたえた・・・それでも刺身しょうゆで食べるといけて、全部食べきったのであった・・・おなかをかかえて眠りにつくと、枕もとの後方・・・推定1km以内で、ポフ・・・ポフポフポフポフ・・・ポフポフと、誰かが銃を打っているのである・・・これはキャンプする場所を誤ると、確実に死ぬ可能性があると痛感した・・・流れだまにあたりませんように・・・ナイフをかかえて眠るものの、銃とくれば筋違いでもはや、こんなものでは太刀打ちできないのである・・・さて眠ろう・・・

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