HARUHISA WATANABE EXPEDITION

大剛日記

2012.10.01

グルジア入国

朝、このグリーンボウの林の中は、快適で8時を回っても暗くて出発するのも時計を見ての判断だけであった・・・しかもこの林の中、テントが夜露でぬれていないうえに、夜も蚊が少なく・・・このうえなく快適であった・・・パッキングしていると、一匹の利口そうな大きな犬がテントの近くにやってきて、落ち着かないので、ダザーⅡをおみまいすると・・・これは7mと言うものの20mくらいでもへたすると40mでも状況によっては効き目は抜群で、犬はノイズが届くやいなや・・・きょろきょろして遠ざかって行くのであった・・・そして、その犬、僕が撤収するやいなやいつもの自分の陣地に戻って涼んでいるのであった・・・

今日も、何度も撮影を断られて、へこまされながらも・・・国境まであと少しという、バラキャンの手前の町で、パンと蜂蜜の食事がエネルギー的にも経済的にも気に入ってきて、マーケットをはしごして安い蜂蜜を探していると、ある場所で店のお姉さんが4マナトだというので買うことにした・・・そして店の外でもれないようにペットボトルに詰め変えている時であった・・・店のボスが、これは5マナトだと言ってきたのである・・・もう過ぎ去った事をいつまでも言うなと無視して詰めていると・・・力ずくでもという状況で、こっちは4だと言うから買ったんだと伝えるも・・・この好戦的な典型的アゼルバイジャン人のおやじにもう一人若いのが、なんと僕の左腕とむなぐらを掴んで、店に引きずりこんでボコボコにしようとするようで・・・すかさず腕を振り払って蜂蜜を持って通りへ戻る・・・するとちょうど、警官らしき制服の人に、今、僕は暴力を受けましたと伝えた・・・すると一番好戦的なおやじは、素知らぬふりして、その場から通りを歩く観衆の中に身を隠して、もういいから行け・・・と、お前が勝手にいちゃもんつけてきといて何を言ってるんだという状況・・・が、状況を読む以上に好戦的な青年は、僕をいますぐにでもボコボコにしたいという若さはちきれんばかりであるものの、横には警察がいる・・・僕は・・・この青年に腕を強く掴まれなぐられました・・・と嘘を伝えると・・・この青年もついにはおやじと同じように、もう行け・・・と態度を変えたものの・・・その時、というかずっと思っていたけども僕は強く思った・・・この国にもう来ることはないなと・・・

その後も、徹底的に、接してくる、アゼルバイジャンの男達は、どこまでいってもあいかわらず、声をかけてくるのであった・・・が、しかし、僕にはこの徹底ぶりは、何かひっかかるのである。

誰がそうしろと言ったのか非かは不明だけども、どこまで行っても一致団結しすぎているのである・・・

この国は、何かおかしい・・・僕が今まで見てきたどの国も、田舎へ行けば田舎であり町は町である・・・が、この国は、ローカルな場所へ行っても・・・何かが違う・・・それが何かは解明できていないけども、どうもひっかかる。

バラキャンの町では、アゼルバイジャン最後にふさわしく・・・この国に入ってずっとずっと、幾度と無視されつづけて、始めてかわいい子を撮影できた・・・推測、きっとここはグルジアに近い人なんだと思う

そして、ラーメンや、野菜にパンなど、コレクションするお金を抜いて残ったマナトで買ってから国境へ向かった・・・

国境までは上りで、背中は汗でぐっしょりであった・・・税関の係員はアゼルバイジャンのビザに貼ってある写真が、これは誰が貼ったのか?ようはお前が貼ったのか?と聞いてくる・・・こんなもの大使館職員しか貼る人はいないというのに、何を言っているんだという状態で、最後までくだらないアゼルバイジャンであった。この国境はどちら側も荷物検査も何もなく、気持ちよく入国した・・・

 

グルジアに入国してから最初の村で、マーケットによって、大きなちょび髭のような形のグルジアのパンを店の外のパラソルの下で食べていると、きゅーんとくる、ぽっちゃりしているものの、その女の子の眼力に僕は強く引きつけられて、店に入って、写真を撮らせてくださいと伝えた・・・家族皆OKである・・・やはり、冷たいのはアゼルバイジャンだけで、アゼルバイジャンそのものがプロブレムである・・・と言う事が国境を超えてすぐに判明した・・・やはり大金持ちな国や人ほどどけちだと思った・・・

そして、町を通過する間、何度も胸に突き刺さるような美貌の少女や女性が通り過ぎて、振り返ると、なんの事はない、別に普通の人という状態で、グルジアの人の眼力は他には無いものだと思った。

その眼力は一瞬で、カメラを前にしては写らないのである・・・

 

あるラゴデシという集落の先のトビリシ方面への分岐で、地図を確認していると・・・かわいらしいおばあさんがやってきて、親切に教えてくれる・・・しかも顔が、近すぎる・・・これほとんどキスする距離じゃない?という状態・・・僕は、ここの風習のほっぺにキスするのがイマイチわからないけども、今後こういうことがあったらほっぺ近づけてみてもいいかもしれない・・・

そして、またある木の実を売る、集落に、木陰にグルジアの美少女がいて、これがまた一瞬の眼力がすさまじく、僕は急停止して、写真撮らせて!と言う・・・逃げる少女・・・そして何事かと出てくる少年・・・さらにはいかついおじいさんが出てきて、どうしたんだい!というので・・・少女の写真を撮らせてもらえませんか?と言うと、何の事はない、塀の後ろに隠れていた少女は安心して出てきて写真を撮ることができた・・・うれしい限りである・・・本気でアゼルバイジャンはカメラマン泣かせの国であったということつくずく感じた。

ただ、この国で感じるのは、カルバサは安いけども、炭酸飲料などの飲み物は自国生産のを除いて割高で、あとアゼルバイジャンでは、ただでもらえる少量の野菜が、こっちだと買うことになるという事だけは判明した・・・

明日も、徹底して、声をかけて撮影をしようと思う・・・この国はそんなに冷たくはない・・・

それと、アゼルバイジャンを100ドルで抜けてキャンプで自炊という節約が10日もやるとすっかり身について、このまま行こうと思えば、トルコまで200ドル以内でも行けるなと思った・・・

夕食を、自炊で山盛りにすることで、他では味わえない満足感があり、自炊に力を入れだすと、けっこう食材を探すのも楽しいものである・・・

あーこの葡萄畑の中は、鈴虫に似た虫の涼しい泣き声が響いていて落ち着く場所である・・・

このままどこまでキャンプできるか試したくなるのであった・・・さて明日はもしかするとトビリシに入る・・・楽しみである・・・グルジア軍道の先のロシアの国境の情報が入れば助かる・・・入らなかったら試しに行って見るのもいいかもしれない・・・さて眠ろう・・・

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2012.10.02

トビリシまであと26km

朝、このワイン用だと思われるブドウ畑の中は、ひんやりと涼しく・・・テントの両サイドに木があり、上は無いのに、テントは夜露でぬれることもなく、ただ、朝早くからといっても8時過ぎだけども、牛を連れた牛飼いや、畑の道を通ってどこかへ向かう人がけっこういて、落ち着かなかった・・・

いつもより出発は遅く・・・9時過ぎとなった・・・このキャンプ地は、なんといっていいのやら、早く山を超えてしまえばいいような場所でありながら、山の中腹を上ったり下ったりと無駄なアップダウンの多い場所で、朝から背中は汗でぬれ始めるのであった・・・

ちょっと行って、グルジアのミャンマーなんかの文字のような丸っこい文字は僕はまったく読めないけども、廃墟に近い店内に机といすが並んでいて・・・これは安そうなカフェだ!と思って、店の外でトマトか何かを売っている青年に聞こうとすると・・・奥からおばさんがでてきて・・・僕がカトゥレツ食べれます?

いくらです?と聞くと2ラリである・・・これはいいと思って待つこと15分・・・カリカリにあがったカツレツを食べた・・・ただパンがちょっとしか食べていないのに、1ラリ払ったけども、サイドバッグにパンはたくさん入っているので今後は持参することにする・・・

道が平地になる事は、このグルジアにあっては、まず考えられず・・・時々下るものの、ほぼ、なだらかな上りはどこまでもつづいた・・・

途中、右手に教会があるという看板があり、通りすぎるも、いや、やっぱりここで見ていかなかった見るときは絶対に無い・・・と言う事で、以外に道は悪く、ボコボコの上りを汗びっしょりになりながら教会を見た・・・中にはキリストの小さなプロマイド写真のようなものがたくさんあり、神聖な場所で、これは僕のような者が勝手に入っては失礼だ・・・と言う事で、外から写真を撮って出発した・・・

ある集落で。・・・上り坂をこいでいると、並行するように歩く人がいる・・・これはもしかしたらグルジア美女かもしれない!と言う事で、写真撮らせて!と聞くと、気持ちよく引き受けてくれて撮影成功・・・だけども、グルジア美女はまだまだ先のことのようである・・・サガレゾという町の分岐にマーケットがあり、そこで安い0・50ラリのサイダーを飲んでいると、この店は若者が次から次へと入ってくる・・・最初は、セクシーな女の子でここぞとばかりに写真撮らせて!と言うと、恥ずかしがって断られたけども、やはりグルジアは断る時もやさしいのでそんなに気にならない・・・そして2人目は、かわいい子で、撮影成功・・・そして3人目はかっこいい青年も成功・・・アゼルバイジャンで撮影できなかった雪辱をほぼ撮り返したかのように思えた・・・

 

サルティチャーラという集落にかかり、あるパン屋というか青年2人のやる、工房があり、そこでゆっくりする・・・レブアンさんとイヤゴーさんで僕がパンを1つ買ってから、工房を見学していると・・・持っていけと大きな焼きたてのやつをくれた・・・この大きさ2つを1人で食いきれるのだろうか?と思った

それに水は冷たいか?と聞いてきて、いいや?と言うと冷たい水を入れ替えてくれた・・・

とても新設な青年であった・・・

そして、夕方となり、今日トビリシへ行けないことはない、ただ夜ついて1泊の宿代を払うのは無駄でやはり、翌朝早く市内に入ってからチェックインする事にした・・・

グルジアのちょび髭の形のパンはうまく、テントを張ってから休んでいる間に1つ食べてしまった・・・やはりうまいパンは残ることはないのである・・・まずいのはいつまでもサイドバッグにたまってカビるのである・・・パンを食べ過ぎて、おなかはそんなにすいていないけども、もうちょっとしたら、野菜スープでも作って食べるとしよう・・・明日はトビリシである・・・楽しみである・・・

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2012.10.03

トビリシにて

昨夜、これ以上行ったら、絶対にキャンプする場所は無い・・・と、遥かトビリシ方面を眺めれる場所で、感じて・・・その読みは図星であった・・・ビールビンが3本ほど転がっているいるだけの綺麗な草原

は、いつもは、こんな藪の中ごみなんていくらでもあるじゃないか置いていこう!・・・と思う・・・僕でさえも、この場所は綺麗な状態にして出発しようと思った・・・ただ、草影で便だけは2度してしまった・・・あと野菜のゴミは時間とともに分解されると思う・・・夜、トビリシの夜景を眺めながら夜空を眺めているのは爽快であった・・・標高も700m近いので蚊もいないので最高のキャンプであった・・・

風が吹いていたからか、それとも何か他の原因なのかテントは夜露でぬれなかった・・・

出発して市内まで26kmはあると思っていたら・・・10km行かないうちに高層マンションの立ち並ぶエリアに入って行き・・・これはほんとに昨日のキャンプは瀬戸際だったと痛感するのであった・・・

まず宿探しの前にはらごしらえということで、チーズ入りのうまいデニッシュを2つで2ラリほど・・・そしてある線路をはさんで道が交差する場所で、警官に道を聞いて行くも、僕の目指す安宿の集まる駅前は・・・道が違ってまた川を渡り直した・・・そして、以外にも分かりやすく駅前にはすぐに到着する・・・が、最初の日本人のバックパッカー専門の宿は、ひどいありさまで、室内はぐちゃぐちゃでただ、いろんな情報を得るにはいいけども、いくらなんでも全員Goodピープル!などという何の各章もない状況では荷物の管理があやういので・・・他を回った・・・そして、一泊30ラリとバックパっカーの宿の3倍だけども18ドルなのでまたドゥシャンべの時のようにガードが弱まるのは今後の事を考えると危険なので一人部屋にしてもらう・・・この宿のウズベキスタンからきているユリアさんは、英語もしゃべれて・・・僕が興味のある・・・グルジア軍道のカズベキとソチからのプソウの情報をどこかでコンタクト取ってもらえないかと聞くと、別のおばさんが動いてくれて、メール待ちのようである・・・

そして、町を散策する・・・この国の首都のメインの駅前だというのに・・・駅前には目を見張る美女がいくらでもいるというのに、トビリシ駅前は身の毛もよだつような太い人やけばけばしいのばかりで綺麗な人はどこにもいないのであった・・・そして偉そうに歩いている・・・この国の首都である・・・それはないだろ!と思う・・・これでは娼婦の国ではないか・・・しかし、が、この国のデニッシュや肉料理はとてもおいしく品数もどうもレストランで見ているといろいろあり・・・中央アジアの数種類とはうって違うのでいろいろ食べてみようと思う・・・

しかも、ここには初のマクドナルドもあり、この市内数店舗・・・推測2つの為に、ここまで来る間の道には広告があり・・・なんとも小規模な感じである・・・

が、イランの物価の感覚と計算をついしてしまい・・・あー高いなーと思う日々であった・・・

夕方、日本人のたまり場のスルグラゼ家に情報を集めに行く・・・藤本さんという方にいろいろ聞いた・・・中でも、カズべギの国境は開いているけども、アブハジアからグルジアは通れても後でグルジアを抜けるときに逮捕されて牢屋に入るという・・・なぜ?と聞いたら藤本さんはアルメニアの国境まで行ってアブハジアのスタンプがばれて逮捕されて3週間トビリシ付近の牢屋に入れられたというのである・・・大変な事である・・・あと、シベリアの極東のチタでは、夜遅く、テントごとナイフで刺されて死亡したという日本人の話や、かろうじて生き延びたフランス人の話、更には自国のロシアのスクーターでの旅行者までもがチタでは同じような被害にあったというのである・・・とんでもない話である・・・が、夜キャンプ中という事が一致していて、昼間ではないので、どうも人気の無い場所でのキャンプが問題なようである・・・まあ・・・なんとも心配事は増える一方であった。

そして、ある青年はドイツでアーティストビザで今回の旅も撮影がメインのようで話を聞くとモノクロで撮っているという・・・作品を見せてもらいたかったけどもポートフォリオは無いと言う・・・この青年の雰囲気・・・これは、アーティストというものなんだなと思った・・・

そして、あるたくましい青年が加わって・・・話はパミールや西ヨーロッパなどへ飛んでから、皆でグルジア料理を食べに行くと言うことになり・・・大きな餃子のヒンカリというのを一人5個ずつ食べた・・・

その後宿で、皆はかなりスッパイワインを飲みながら、話はモルドバのトランスニチトリアルからロシアそしていろいろな場所のネオナチの話へと飛んでロシアではアジア人を狙った突然の反抗があるというのである・・・更にはネオナチ運動はモンゴルや極東でも時々あるらしい・・・突然刺されたりと大変な事件があるという・・・

そして、金髪で青い目の人種を最もすぐれた人種と考えて、黒人や黄色人種が劣ったというようなものとする考えから、どこかでは、過去に青い目で金髪の子供を集めて、その人種を増やそうとする事もドイツかどこかでやっていたというのである・・・

そして、イランでの僕の犬よけの棒の話をすると、テヘランのマーシャドの宿の青年の話をして、どうも日本人の女性バックパッカーに体を触るなどの事をして、その女性が警察に言ったという・・・そして鞭打ちの拷問を受けたというのである・・・テヘランのマーシャドという宿の青年のとんがった雰囲気は一発でピンと来た・・・あの青年のやたらひっかかってくるやつで僕は一日で宿を変えたけども・・・藤本さんもそうだけども罪を犯して刑務所や拷問などを受けた人というのは、その後の人間性の中に言いようのない影があり、そこまでの闇が影のように写った人の苦痛は僕には計り知れない・・・藤本さんはアゼルバイジャンはどうですか?と言うので・・・いやー、4マナトだと言うから買って後から5だとか言ってきたりでわけわかりません・・・と言ったら・・・

アゼルバイジャンはとにかく・・・金汚い・・・と藤本さんは言う・・・その一言で、僕のアゼルバイジャンでひっかかっていた喉につまっていた物がまとまった気がした・・・

そして、盛り上がった話も一息ついて、10時をまわりそうになり、さすがに宿に戻るのに心配になって僕は抜けて宿へ戻った・・・駅前は娼婦がうろついていて、いかつい男達も多い・・・ただ宿への路地を歩いていると、一人かわいい綺麗な娼婦がいて話すと100ラリだと言った・・・後から戻ってももういなかった・・・あーあの子ならよかったのに!という気持ちであったけども、無駄使いしなくて済んでよかったとも思った。

なんとかマクドナルドは10時を回ってもやっていて、久々にビッグマックとフィレオフィッシュを食べた。

そしてストロベリーサンデーを食べながら牛乳を買って宿へ戻った・・・

宿でガイドブックを見ていて、最後にそういえば藤本さんという方の写真があり名前を見ると、どうも今日おもしろい話をしてくれた本人であった・・・僕がここずっと見てきた旅行人というガイドブックや期間号などに情報を載せている本人であり、全ての過去の思い出の一部はこの本から始まっていたのであって・・・あらゆる国の都市部の思い出がこの人と話をして接点となり繋がったのである・・・予想外の一日であった。しかし面白いことはあるものである・・・

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2012.10.04

町をぶらぶら

昨夜は遅かった事もあり、朝10時30分過ぎまで眠った・・・

そして、ユリアさんと、笑顔の素敵なかわいいおばさんは、僕の朝食を作ってくれた、それまでゆっくりした・・・そして、朝食は、グルジアの高そうなケチャップや、トマトメインの野菜のソースなどをソーセージやパンにつけるのはいいものであった・・・

そして、ブレックファーストを食べ終わると、あるイリナさんという、黄色のシャツを着たグルジア美女にしかも日本語で話し掛けられる・・・なんとトビリシの大学で、日本語を勉強していたというのである・・・そして「今日は、あなたにインタビューします・・・」と言われたものの、一瞬、新聞記者かなにかかと思ったのであった・・・しかし、ただ簡単な事を話しただけであった・・・ただ、ダイレクトに日本語で話せるため、いろいろとアブハジアの事やウラジカフカスなど、ユリアさんやおばさんとの通訳のようであった・・・なにやら、英語や日本語が喋れる事からホテルの仕事の面接に来たようであった・・・また明日という事になった・・・

その後、アブハジアのロシア語のホームページの中から、ビザなどの情報を読んでもらうと・・・やはりメールしてからどうも藤本さんいわく、返事が来たらそれをコピーして国境へ行くといいようなのである・・・ユリアさんはトビリシでどうのこうのと言った・・・まあ、ややこしそうである・・・

そして、昨日、皆で食べた・・・店に行こうとしたものの、記憶がおろそかで、着くのに手間取ったのであった・・・昨日も食べたヒンカリというのは、蒸した餃子のようなもので、形は、自転車でいうスポークの二ップル・・・乳首というのに近い外見で女性の胸の形の大きな餃子である・・・なんと昨日、言っていたとおり、10個からでまともに全部食べたけども・・・かなりのボリュームであった・・・

まず、先っちょをフォークで刺すか、暑いけども持ってかじって中の肉汁を吸うというのである・・・

そして肉汁がこぼれなくなったらペロッと食べるのである・・・10個はものすごいおなかいっぱいで最後の2個あたりは、冷めているうえ限界であった・・・

その後、国際電話できる場所を探しに町を歩いた・・・ことごとく無く・・・宿の近くのオンボロカフェネットのおやじのアカウントで9分話させてもらった3ラリ程であった・・・

そして、さっき気がついた、そういえば、フリースとウィンドブレーカーがカビているという事で急遽宿で、ハーフパンツやその他もろもろ洗濯をしたのであった・・・

今日は街中で、かわいい子の写真を撮ったのだけども、昨日に比べて目が慣れてしまい、いまいちであった気がした・・・夕方、ネリダラの家に遊びに行って、夕食を作りましょうか?と言う事になったものの、買い出しに行くと、藤本さんはじめ西村さんそして岩城さんもこの際、今から作っても10時の夜行列車間に合わないので、食べてきましょう・・・という事で、ある藤本さんいわく・・・安くてまずい店で、しかもスープは全部一緒だというのである・・・僕はオーストリというのを食べた・・・そして皆別々であったものの、最初ビール3つと言ったものの、おやじはジュースを3つ空けてしまい、その元取りなのか・・・最後、おばさんは、18ラリなのを、20だと言って、計算して教えると、2ラリはサービス料だと言ったのであった・・・きっと己が間違えて空けた2本のジュース代も入れて計算したんだと思う・・・

皆、やはり料金は先払いがいいですね!と言うことになったのであった・・・

そして宿への帰り道、皆でスーパーに寄った・・・皆アルコールを買う中、僕は、うまそうなビンに入った・・・グレープジュースを買った・・・

そして、宿でいっぷくした後・・・ドイツでアーティストビザの写真家の岩城さんは夜の夜行列車でバトゥミへ行くと言う事になり・・・

夜、10時過ぎに、皆で宿の入り口から見送った・・・その後・・・一人いなくなり僕はどこか寂しかったけども、宿で、スタジオジブリの話になり、藤本さんは、紅の豚よくないですか?と言うことから・・・時々ジブリは、気持ち悪いのありません?と言う・・・どうも、バイオリン職人と、女の子の話が気持ち悪いという・・・耳をすませばである・・・僕は、以外に気に入っていたので、以外であった。

どうも藤本さんの趣味が、以前スキー場でいっしょだった柳本君に似ているので、僕は、海が聞こえる・・・はどうですか・・・と言うと、西村さんは、見ていなくといっても僕も柳本君に言われて知ったので・・・西村さんは「渡辺さん・・・山以外の趣味ってあるんですか?」と話を変えた為、僕は2人の先輩を前に自分だってろくに知ってもいなかった生意気な事は言わないほうがよかったと思ったのであった・・・そして夜道を歩いて宿へ戻った・・・駅前は相変わらず・・・力士のような娼婦が牛のように座り込んで客引きをしていて、更には、不健康なブスが多い・・・そして小雨がぱらつき始める中、暗い路地を足早にコメダホテルに戻ったのであった・・・

宿では、トルコからの旅行者のおじさんがやさしく迎え入れてくれた・・・夜のいかがわしいトビリシを反射ベストを着てサイクリングしてみたくなってきたのであった・・・

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2012.10.05

3人でハマムへ

朝、昨夜はいろいろと深夜のサイクリングに行ってから、なんと、どしゃぶりの雨となり、お気に入りで新品のイランで買った反射ベストは泥とアスファルトから飛ぶの黒い液体でぐしゃぐしゃになってしまい洗った・・・更にはシャツまでもおなじありさまで、それから寝たのでほとんど朝であった・・・

そして、それでも10時頃目覚める、すると、雨である・・・昨日から干していたフリースとウィンドブレーカーが乾くめどは立たず・・・おばちゃんにたのんで乾燥機に入れてもらう・・・すると、水が出始め台無しで、それでも乾いたときには、いまいちで、あきらめた・・・

どんどん滞在日数が伸びていく中、今日は藤本さん達とハマムへ行くと言っていたけども、それ以前に、トルコで受け取る荷物やその他もろもろの

装備や緊急時の資金の受け取りなどを考えると、これは、一度家に電話してから、まだ送金していないと思うのでちょっと日にちをずらすべきだと考えて・・・昨日のネットカフェに行く・・・すると、いっぱいで

あった・・・おやじは、プリーズウェイトファイブミヌート!と言い残して・・・出ていった・・・すると戻ってくる頃には、10分はかかり、その後、昨日電話した、パソコンは他の人が使い始めていて、おやじは、自分の部屋のパソコンを貸してやると言うのである・・・そして、その部屋に行ってからも他のお客に呼び出されては戻るので、宿のチェックアウト時間が12時に迫る中・・・なんとか11時30分頃に日本に電話してから、受け取る日にちをずらしてから、今日はトビリシは天気が悪いので、今日もトビリシに滞在して、藤本さんと西村さんとともにハマムへ行くということにしたのであった・・・

そして、通りへ出る・・・すると、かわいい子とおかあさんがいて、最初ことわられたけども何とか撮影する・・・そして、ネリラダさんの宿へ向かった・・・あいかわらずである・・・そして、今日は、自炊するということらしく・・・僕は藤本さんの0・5kgの米を研いでから水を1:1:3ぐらいでつけておいた・・・

そして、藤本さんは、野菜や肉の買い出しに行って戻ってきてから・・・ハマムへ向かった・・・地下鉄は、0・5ラりで、西村さんのカードにチャージして通らせてもらった・・・

そして、ハマムへ向かったのであった・・・昨日の夜中に見た繁華街の路地のそばを通って旧市外の中の高台のような場所を上っていった場所にあった・・・そしてハマムに入った・・・

硫黄の匂いのする、浴槽が1・3mくらいありそうな、場所でつかる瞬間に驚いてしまった・・・

そしてハマムからの帰り道、トビリシのグルジアのキリスト教会の総本山や、銃器の販売する店などを回った・・・そして、宿へおじゃまして、僕は米を炊いて、その後藤本さんのお手製料理が始まった・・・そして、2時間はかかったと思う・・・そして食べるうまかった・・・

米は50点いかないくらいであった・・・そして、3人の話題は尽きることは無く・・・藤本さんいわく、アグダムからその後の回るルートは、きっと行った人絶対いないですよ、ぜひ行ってください・・・と言うのであった・・・西村さんも言うけども、この藤本さんは冗談を言うような人ではないですよ・・・というので、まあ、この人が大丈夫だと言うのでまあ、どんな場所なのやらという状態であった・・・

藤本さんは高校の頃、軍艦島でキャンプしたことなどもあり、戦場が好きなのかと思ったら、廃墟が好きなようである・・・そして、10時をまわって二人に別れを告げて僕は宿へ帰った・・・そして無駄使いしたけども、僕はものごく良い思いをして、トビリシ最後の夜をというか、この日記を書き終えて朝の5時となってしまったので・・・もう寝ないとまずい・・・あー眠い、あと遅くとも6時間後には自転車をこぎだすのである・・・なんてこった・・・トビリシにはまた来たい。

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2012.10.06

アルメニア入国

朝まで、僕はある事から、興奮して日記を書いていたこともあり、寝たのは5時である・・・それでも10時には気持ちよく起きたのである・・・やはり旅の空の下、気が張ってるんだなと思う・・・

宿の、かわいいおばちゃん、イリーナさんに、「ジョージア ジェーベシカ ハラショー?」とようは・・・昨夜の素敵なグルジア娘はどうでしたか?と聞いてきて、もちろん・・・「アトリーチナ!」と言うのであった。

皆、百も承知である・・・さすがに初日に午前中に朝食を食べたことからか、今日は朝食は出なかった・・・そして宿の水はきれいだと言うのでボトルに入れて、出発した・・・

市内からは、反対側の川つたいに南下するだけで、以外にシンプルであった・・・途中ボリューム万満点のチーズデニッシュを1つ食べてひとつは持っていった・・・

ある商店でうまい炭酸ジュースを飲んでいると、一人の青年が話し掛けてくる・・・どうもワイフはロシアで働いていて、自分も行くということや、その他今から友達を待っているとか、最後、2本のコーラのうち1本をくれた・・・ありがたい1・20ラリである・・・

そしてサダフロの国境近くになると、犬がけっこう威嚇してくるのである・・・何度も追いかけてきて、大きなのは時々怖いやつもいた。

70kmちょっとくらいでサダフロを過ぎて、少し行って、野菜とフルーツを売っていて、今夜の野菜を買おうとすると、どうもグルジア内のアゼルバイジャン人のようで、気前よく、このくらいは持っていきな!と、くれた、ありがたい。スパシバ・・・

国境周辺は、特殊なクモの巣が浮遊していて、糸だけかと思ったら時々クモが乗っているのである・・・浮遊するクモがこのへんはいるようなのである・・・

そして、グルジア側の国境は、なんなくスルーでも、入国した地点などはしっかり見ていた・・・その前の国の出国はチェックしなかったようにも思えた・・・というかきっと入国地点を見てそれだけで分かったのだと思う・・・

自転車は車と同じ方で後ろがつかえていたので急いでいたためかもしれない・・・歩きの方の税関はしっかり見るのかもしれない・・・この場所で藤本さんは見つかったのである・・・近代的で明るい雰囲気の税関も時には厳しいようである・・・そして、アルメニア側は、僕は綺麗なイメージだったけども、どこかゴミゴミした雰囲気に思えた・・・そして、ビザの申請用紙に記入してから、10ドル払った・・・写真は用紙には貼る場所があったけども、いらないと言った・・・その後、一人の女性が来て横からパスポートを見ると、イランで1979年生まれだと言う事が分かった・・・そしてアルメニアに入国した・・・僕は、早くテントを張って眠りたいという気持ちが強かったけども・・・振り返ると、湿潤な気候なのは風景の中の草や木々から一目で分かった・・・アルメニアという言葉の響きから綺麗な女性を連想してきたけども、入国してもどこにも見かけなかった・・・

そして、グルジアとはまた違った、やさしい男達の空気で、入国早々、最初の両替をした店で、カフェを買おうとすると、あるおじさんが、お金を出してくれたのである・・・150ドラム、35セントほどである・・・アルメニアは、冷えたカプチーノが売店で飲めるようである・・・今後、大いに利用しそうである・・・そして、100ドル40500ドラムで、国境周辺では一番いいレートであった。

そして、外でパスポートなどをパッキングしていると、あるサイクリストと知り合う、イランのテヘランから来ている、メヘランマラクティさんで、今後トビリシまで行ってバスで帰ると言った。そして別れた・・・

そして、こぎだした・・・グルジアは目を見張るほどかわいい女の子がそこらじゅうにいるのに、この国はかわいい男の子がメインに思えた・・・そしてグルジアが女の子の写真ばかりだったのが、こっちは男の子である・・・まだ先の事は分からないけども、今日はそうであった・・・そして、あるノイェンベルヤンとアラバーディ方面の2つの方角への分岐があり、地図を見ると、これはノイェンベルヤン方面に惹かれて進むも上り坂なのもあるけども、それ以上に国境線の上で行けるんだかあやしいのでやめて、アラーバディ方面へ行った・・・そして、少しして看板があり、やはりこっちが正解なのかな?と思った・・・そして20kmほどの用水路のコンクリの上にテントを張った・・・ここは標高500m以上あるので以外に冷える・・・眠いので今日は8時過ぎには眠る・・・さて夕飯を作ろう・・・

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2012.10.07

山岳地帯に入った

昨夜は、8時に眠って11時間は寝た・・・すっかり疲労は抜けた・・・僕は町に滞在するとかえって遊んで疲れるようで、自転車をこいでいるときの方があっている・・・涼しいので気持ちよく目覚める・・・

荷物をまとめてテントから出ようとしていると、いきなり一人のホームレスがやってくる・・・しかもいきなり、「ジェーニギ? ジェーニギ・・・イェス?」というような事を言って来た・・・ようはお金を持ってたらくれ!というような状況で、これはほぼたかりで、しかもテントはたたんでいないし、荷物も自転車にはついていない・・・これは、かなりまずい状況であった・・・僕は「ニェット ジェーニギ・・・」と何度も伝える・・・にやつくホームレスは、歯は、黒く、歯ぐきとの境目は緑色で、服は長い事、洗濯もなにもしていない上に、下半身は尿のもれたようなあとがついている・・・なんとも不気味で、握手をもとめてきたのでするけども、ポケットから「マロコ・・・」と言って、少しだけいつの牛乳か分からない液体の入った、ペットボトルを見せた・・・

朝一番でやってきて、テントをのぞきこんでくるのは中国でもそうだったけども、ものごいでしかないのである・・・そして、僕は早くパッキングしたいので、こんなのにいられたら、持ち逃げされる可能性があるので、大声を出して、威嚇した・・・するとホームレスは、「分かったよ、静かに静かに・・・」というような感じで遠ざかって行って水路の脇の藪の中をかき分けて入っていったのであった・・・これは、ど田舎のホームレスで、推測山の中かどこかの小屋にいるんだと思う・・・ロシアに行ったらこんなもんじゃあないと思うので、用心しなければならない。

出発して、道は上りの割合が多くなりはじめる・・・あるカフェで、500ドラムでカツレツを食べてから、次第に日本の秋の紅葉に匹敵する、すばらしい山の中を道は伸びていった・・・

アラベルディの町は、急な斜面にビルが立っていて、更には煙突もあり、なんともエキゾチックでおもしろかった・・・ある分岐の路地にかわいい子が4人いて、写真を撮る・・・ここもまた皆やさしかった・・・最初に少し話した商店のお兄さんが、やってきて、なにやら炭酸水をくれた・・・ありがたい・!スパシーバ!

そして、進んで行くと・・・あるマーケットで今晩のじゃがいもとたまねぎとパンとコーヒーを買う、全部で400ドラムである・・・カツレツをひとつ食べるよりはるかにお得に思えるのであった・・・紅葉はすばらしくこの辺は、広葉樹ばかりなので、この時期はベストなのかもしれない・・・

ある沸き水が飲める場所には、おそらくもう亡くなっているいる人の顔が石に彫られた石碑があり、きっとその人が、亡くなったら水を出すというような事を遺言で書いたのか何かで寄付されて作られた水場のようである・・・そこで水を飲んでふと見ると、母親は、力士のようなでぶなのに、子供はかわいく・・・お願いして写真を撮らせてもらった・・・バナジョールの町にあった標識にはイェレバンまで117kmと書かれていた・・・以外に近く感じた・・・そして、道はどんどん標高が上がっていく・・・あっという間に1600mである・・・そして、イェレバンの方角への看板を何度も確認しながら・・・次第に、風景はチベットに匹敵するような、無機質な、土の山が広がり・・・ある場所で、すごいアルメニア美女に写真を撮らせて!と言うもだめであった・・・このアルメニアは、田舎のかなり離れた山の中野道路脇にストリップバーと記されたスロットをやる場所が何箇所もあった・・・

上空は風が強いようで、雲の流れが早く・・・すさまじい光景であった・・・この国が高所だと言う事が初めて分かった・・・ある線路の踏み切りである小さい子がかわいらしくこっちをにらみつけてきて、追いかけて日陰で撮影したものの、これは失敗で夕日を浴びた顔のほうがよっぽどよかったのである・・・

くやしい・・・もうこれ以上行くと、タイムオーバーだ!と言うことで、ある野菜を売っていたおばちゃん達のいる場所へ戻った所、にんじんひとつにジャガイモ2つをいくらか?と聞くと、いいからもってきな!と言われてから・・・お礼を言うと、他のおばちゃんまでもが野菜をくれて、さらにジャガイモが6こににんにんが2本くわわり、あと3日くらいはもちそうである・・・

そして道路から離れた、木の間にテントを張った・・・すると、日没間際から、風が強くなり始める・・・そして、気温は14度まで下がった・・・風が強くテントに入らないと寒いほどであった・・・早速、夕食として、たまねぎとにんじんにじゃがいもたっぷりのラーメンとした・・・作っている間、牛飼いが何人も通り過ぎていった・・・あるおじさんが、ここは寒いから、家へ来い!と何度も誘ってくれたけども、すでに夕食は出来上がりつつあり、断った・・・テントを張る前に言ってもらいたいものである・・・夕食は、今日もおなかいっぱいである・・・もう日は短く・・・今後ヘッドライトの使用時間が増えそうである・・・突然の標高が上がった事からくる気温の低下と日が短くなった事から、どこか気持ちがせかせかし始め、落ち着かない・・・さて眠ろう・・・

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2012.10.08

イェレバンにて

しかし、昨夜は気温が8度まで下がるとは思ってもいなかった・・・標高2000mなのでしょうがないけども、突然の冬の到来かと思ってしまいかなりあせったのであった・・・

寒くなると、日記を書いていても、ユニークな出来事は、思い出せず・・・書いていても面白みは消えてしまい、常にヘッドライトとPCのバッテリーの残量の心配とともに悲壮感がただようので、今後の寒いロシアを考えると、なんとかサイクリングのアフターライフを楽しめるように工夫しなければならない・・・走行距離を短くして早めに日記と夕食をとるとか、なんとかしないと、あまりにも落ち着かないのである・・・もしくはしっかり着こんで過ごすのもいいかもしれない・・・

あと、コンパクトな他の照明を得たいものである・・・昨夜は一時小雨が降った・・・が、たいしたことはなくてよかった・・・朝になって、考えてみても、やはり強風による、テント内での過酷さが今後の課題である・・・どう楽しむか・・

朝、6時前から出発を見計らっていたものの、日の出は7時近かった・・・テントから出るとやはり風があるので、体感温度は5度以下かもしれない・・・本気でいきなりの冬並みの気温で、まいった・・・こぎだしても、まず右目は、強い向かい風が右目に吹き込んできて涙目になる・・・今後の課題は途方もないのであった・・・

地図には2300mという峠は、朝から上りで1時間ほどで峠につくものの、実質2100mほどであった・・・4回遅く見えるトラックが通り過ぎて、つかまろうとするも、アベレージ19kmほどで自転車ではおいつけず・・・すべてこぎきる・・・そしてその後は、上りが多いけども、快調に進んで、イェレバンまで60kmという看板をみた町からは、以外にあっという間に距離をかせいで、市内には1時過ぎに入る・・・そして、スタジアム横のカフェで、パイとサイダーを飲もうとしたら、なんとビンの口が割れて破片が中に沈んでいて、これを飲んでいたら大変な事になった・・・危なかった・・・

そしてリパブリック広場の隅でガイドブックを照らし合わせていると、一人のサイクリストだというフランス人のハビルさんが声をかけてくれ、その宿を見学する・・・西洋人中心のパブリックなドミで環境はいいので、ここに決めた5500ドラムと14ドル程と高いけども2日ここで準備しようと思う・・・町へポストカードを送りに出る・・・グルジアがキュートな少女が目立ったのに対して、イェレバンは美人が目立つ・・・どっちも僕のようなケートラでは手の出ない、フェラーリにカウンタックというところだけども以外にこれでいてカマズなどのマルシュルートカだったりするとおもしろい・・・

そして、数枚アルメニア美女と思われる人を写真に収めた・・・まだ数時間だけども、この国は、近代的な空気である・・・グルジアがどこか田舎に思えてくるのであった・・・でも僕はグルジアのあの暖かさが好きだ・・・さて夕飯にしよう・・・

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2012.10.09

カラバフビザ取得

昨夜は、このイェレバンホステルに泊まっている三宅さんという方やサイクリストのジェームスと話して楽しく過ごせた・・・そして、日記やその他まとめて眠ったのは2時近かった気がする・・・

朝、9時ブレックファーストは以外に手間取っているようで食べれたのは9時過ぎであった・・・そして、一足先に僕はナゴルノカラバフ大使館へ行くべく、タクシードライバーと交渉した・・・最初のドライバーは車がぼろすぎて他を無線で呼んだ・・・すると、どうも、カラバフ大使館へ向かうはずが、いきなり本当に町を出てカラバフへ向かったのであった・・・さすがにコンパスを見ると明後日の方角なので、戻るように伝える・・・すると、寝ぼけたように、大使館だとは知らなかったというのである・・・料金はメーターとはいえ1600まで上がり、冗談じゃない・・・500渡して、これは、この酔っ払いのような運転主のミスなので、何度も歩く僕の後ろにひっついてきて交渉してきたけども、僕はすぐに違うタクシーに乗車して難を逃れたのであった・・・そして、市内まではすでに乗っていた人が払って、そこからカラバフ大使館へ向かい1200ドラムくらいであった・・・そして、申請する・・・用紙に記入して、全部の州の名前を書いたものの、僕が最後抜ける、シャフムヤン・SHAHUMYANという場所は、修正ペンで消された・・・まあ事実上は、アルメニアの土地ではないということなのである・・・地図を見てもまあそれはあきらかだけども、まあしょうがない・・・そして、受け取りは午後3時と言うので、それまで3時間ちょっと宿に戻ってもお金がかかるので、CD屋でカフカスのヒットソングを買ってから、カフェに行ったり米料理を食べたり、それからかわいい子に声をかけて撮影をした・・・まあまあであった・・・

そして2時にカラバフ大使館へ戻った・・・ビザは出来ていた・・・アゼルバイジャンにはまた行くと伝えて、クリップで止めてある・・・そして、帰りは地下鉄で宿へ戻ったのであった・・・

宿で荷物を整理してから、カラバフの別紙の、レジストレーション用紙には大使の手書きで、行きたい地名が記されていた・・・そしてその隅に、文字を真似して、僕が通る予定のシャフムヤンを加えておいた・・・だめならUターンするのみである・・・明日は出発する・・・さてカスカードという夜景スポットを教えてもらったので撮影に行ってこよう・・・

 

 

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2012.10.10

いろいろあったけども、良い一日だった

昨夜は、カスケードという高台からイェレバンの夜景を撮影してから、久々におなかいっぱい食べたくなって、自炊するべくスーパーに寄った・・・そして同室のイランの目がギラギラした若き青年と街中で出会い・・・今からガールフレンドとセックスすると言ってはしゃいでいた・・・そして、宿へ戻るとインドのメディカル関係の大学で勉強している陽気な青年と、三宅さんと皆、自炊するようで、僕から野菜を煮込みはじめたのであった・・・三宅さんはなんとフィルムを大量に持っていて、話すと今回はハッセルで撮っているというのである・・・どれもこれも皆同じようなバックパックが部屋には並んでいたけども、中身というのはほんとに人それぞれなんだな・・・と思った。

そして、皆で夕食を食べた・・・一人の気難しい自称・・・パリの住民のおじさんはインドの青年が作ったのを食べていた・・・この二人がどういう関係なのかはなぞである・・・インドの青年のやさしさには本当に頭が下がるのであった・・・

ただ、ものすごい辛さであった・・・

朝、カラバフ対策として、写真のデータを確認された時のために・・・とあるダミーのメモリーカードを作るべく、PCでデータを移している時であった・・・何らかの接触でお気に入りの夜景の3つが開けなくなり、推測だと、おそらくファイルが破損してしまった・・・メモリーカードを使ってきて今回が始めてである・・・そして、三宅さんに、せんべつとしてスニッカーズを持っていって下さいと言われたけども、僕は苦手で、歯の詰め物が外れると怖いのでということで丁重にお断りした・・・そしてイェレバンのティグランメッツ通りを、下って行く・・・出発して5分で先日食べたうまいシュウォルマ屋があり、ひとつ買う・・・といっても出来るのに15分はかかり、その間は自転車の空気を入れていた・・・そして郊外へ行って食べた・・・次第に、町全体に漂っていた独特の空気から開放されて行った・・・アララットという町はその名の通り、横にはアララット山がそびえている・・・トルコ側よりも迫力があるように思えた・・・ERASXという分岐からは一気に上り始める・・・そして、ずっと晴れわたっていたのが・・・アララット山の方角から、重たい雨雲らしき霧状のガスが重くのしかかり始める・・・

こんな最初の峠で、手間取っている暇はないので、スピードアップをはかるべく、ゆっくりと上りながら遅いトラックがくるのを見計らっていたけども、ことごとく遅く見えて20km以上のトラックばかりで結局は峠の手前少しだけであった・・・が2つ目の峠では、かなり中間から、峠までつかまって行った・・・

その途中、雨が激しく振り始めて、シャツもずぼんもぬれ始める・・・そして、平地になり、峠の山場は超えたと思われる場所で、トラックのコンテナの脱落防止の穴から手をはなした・・・急いでカッパを着こんだ・・・が、下りでは、想像以上に、冷え込んで正直途中あまやどりしたのだけども、かえって止まると更に冷えてしまい、結局はどしゃぶりの中走ったのであった・・・途中、ブドウを荷台にものすごい量積んでいるトラックのドライバーが、雨ということなのか雷ということなのか、指で空を指して、休みなさい・・・というようなジェスチャーをしてくるのであった・・・

そして、広大な荒野の真っ只中、下っていくと、道路が雨でぬれていないエリアに入る・・・どうも雨雲は峠にのみかかっていたようである・・・そしてCIVAという村というか路上で、フルーツを売る村の人々がいる・・・冷え込んでいて、どこかストーブの利いた空間にでも入りたい気分だったけども、そんなものはあるわけもなく、おばさ達は、少し自己紹介を済ませると、桃にりんごにナシ・・・そしてまたりんごにももにももととめどなく、フルーツの皮をむいてくれて、僕は食べた・・・正直、ほぼ日本の桃と味は変わらず・・・かなりうまかった・・・りんごも、信州りんごの一歩手前といった感じで悪くはない・・・ナシは、もっと熟してから食べるのかと思ったら、固めの状態で食べるようで、これもまたうまかった・・・

そして、初のアルメニアの人々の集合写真を撮った・・・面倒見てくれた、やさしいおばちゃんは、ドゥストリックさんで、本当にありがたかった・・・最後、というかすでに、ポケットにはナシとりんごが入っているというのに・・・なんと青年のブレーシーさんは直径7cmくらいの桃を20個・・・さらに年配のソーニャさんはぶどうをどっさり、さらにスベータさんはりんごを中くらいの大さのを8こもくれた・・・ブレーシーさんは、この現在の場所からカラバフは、300kmだと言った・・・以外である・・・あと3日かかるのだろうか?

アルメニアに入ってから、路上の人々からただで山ほど頂いてばかりで、これは正直、自炊しつづければ、中央アジア横断の予算は今の普通の資金枠の半分以下に節約できそうな気がするのである・・・おもしろそうである・・・道路脇には、赤ワインがペットボトルに詰められて売られている・・・この土地がワインの生産地だということが来てみて分かった・・・

そして数キロ進んで、渓谷地帯に入り、ARENIという町で今度は、とあるアンナ・マッタブシアンさんという若いアルメニア女性で、WWFのプロジェクトで野生動物や環境保護の一環の仕事をしている人が、いきなり話し掛けてきてくれて・・・「Bicycle・・・ Very nice to the nature」というような、ようは自転車、で旅行するなんてなんて環境にいいの!と、WWFの職員らしく最もな事を言うのであった・・・そして、車の荷台には、お昼のサンドイッチの残りがあって、全部もらって、サイダーも飲ませてもらった・・・思いもよらない出会いであった・・・そして、もうこれ以上はタイムアウト・・・という状況の中、岩の渓谷の小川の隅にテントを張った・・・朝、お気に入りの夜景の3コマがファイルの破損で見れなくなってしまい落ち込んだけども、でも残っているアンダーのコマを補正すれば済むのでいいとした・・・このナゴルノカラバフへの道は、かなり変化にとんだ面白い場所を通っているので、僕は心配事もあったけども、なんかおもしろそうである・・・

素晴らしい星空と、横を見ると、人間や時には怪物の顔にも見えそうな大きな岸壁がそびえている・・・さて眠ろう・・・

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